2022年11月15日19時0分にYAHOOニュース(ドライバーweb)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
その後の報道では、運転手の男性が「フェード現状を習ったことはあるが忘れていた」(静岡朝日テレビ)などと供述しているとが明らかになっています。
今回の事故では、原因として「フェード現象」がクローズアップされています。
そこで、フェードに至ってしまったのはなぜか、まだすべて明らかにはなっていませんが、同じく日々お客様を乗せて運転している現役のバス運転手にお話を聞いてみました。
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フェード現象は大変危険なもので、現役バス運転手の私も、常にブレーキには気を遣っています。
しかし、私は、今回の事故の問題はフェード現象以前にあると思っています。
果たしてどこに問題があったのか、現役バス運転手としての考えを述べてみたいと思います。
【バスに搭載されるブレーキは4種類】
まず、今回の事故を考える前に、バスのブレーキを説明します。
バスのブレーキはドラム式が主流です。
簡単に説明すると、金属の桶の内側に摩擦剤を当てることで減速力を生み出すのがドラムブレーキです。
テレビのニュースでは「バスのブレーキはエア式」という説明もありました。
一体どこがエアなのかというと、ペダルとブレーキ本体の間。
一般乗用車ではワイヤーで駆動している部分を、バスの場合は圧搾空気で駆動しています。
こうすることで、人間がペダルを踏んだ以上の力をブレーキ本体に入力しているのです。
また、このメインのドラムブレーキ以外にも、補助ブレーキが装備されています。
その一つが排気ブレーキで、排気系統にフタをすることで、より強力なエンジンブレーキを引き出すというものです。
さらに、貸切用などの大型バスには、リターダというものが装備されています。
件の事故の車両には、流体式リターダが採用されているはずです。
流体式リターダとは、プロペラシャフトに円盤を取り付け、それを液体で満たしたカバーで密封(カバーはシャシー側に固定)。
液体の攪拌抵抗を利用してブレーキをかけるものです。
以上、バスにはメイン1+補助1もしくは2種類の合計3種類のブレーキシステムが備わっています。
これにエンジンブレーキを足せば4種類となるわけです。
そして、今回の問題であるフェード現象について。
フェード現象とは、ブレーキがオーバーヒートして効きが悪くなる現象のことです。
一般車のディスクブレーキにしろ、バスのドラムブレーキにしろ、回転する金属に摩擦を与えて止めるのがブレーキの原理です。
摩擦を与えれば物は発熱します。
その摩擦の時間が長ければ長いほど、あるいは強ければ強いほど、発熱量は大きくなります。
ブレーキも同じで、ブレーキペダルを踏む時間と強さに比例して発熱しています。
発熱が続くと、やがてブレーキパッドの素材が溶け出して蒸発。
そのガスが膜となり、ディスクとの摩擦を下げてしまうのがフェード現象です。
前述の通り、バスのブレーキはドラム式。
ドラムはパッドが鉄の桶の中に入っているため、冷めにくい弱点があります。
すなわち、フェード現象が起きやすいと言われているのです。
今回の事故関連のニュースでは、しきりに「フェード現象」「ブレーキの使いすぎ」と報道されています。
このニュースだけを見ていると、「バスは軟弱なブレーキで走っているのか?」「バスのブレーキは危険なのか?」と思ってしまいます。
現役運転手として、はっきり言いますが、その答えは「NO」です。
バスのブレーキは、そんなにやわなものではありません。
そんなシステムであれば、何十人ものお客様の命を預かれるはずがありません。
それでは、今回は何が問題だったのでしょうか。
私は、フェード現象ではなく、人間の運転方法に問題があったと見ています。
もっと言えば、「経験不足」というよりも、「ブレーキに対する理解不足」だと思っています。
【ブレーキのクセの理解不足が事故につながったか】
バスのブレーキはやわなものではないと言いましたが、普通乗用車のブレーキに比べてクセが強く、止まりにくいのは事実です。
このクセが今回の事故に大きく関わっていると思います。
どんなクセなのかというと、エア式+ドラム式による減速力の立ち上がりの遅さが一つ。
前述の通り、バスのブレーキは圧搾空気で駆動しています。
圧搾空気はワイヤーのように固形ではないので、どうしてもダイレクトさに欠けます。
また、ドラムブレーキ自体も、減速力がディスクよりも劣るため、これらが逆の相乗効果を生んでしまうのです。
しかも、この特性は速度が上がれば上がるほど顕著に出てきます。
例えば、60km/hでブレーキペダルを強く踏んでも、まともに効き出すまでに、体感では0.5秒ほどかかるぐらい。
しかし、バスの特性や機能を理解した上でブレーキをかけると、驚くほどよく効きます。
その決め手となるのは後輪。
バスは後輪よりも後方にエンジンが配置されています。
すなわち重心が後寄りなのです。
さらに、後輪はダブルタイヤとなっています。
そのため、後輪に強くブレーキをかければ、より短距離でバス減速させることができるのです。
では、どうやって後輪のブレーキを強くかけるのでしょうか。
その答えが、排気ブレーキとリターダ(補助ブレーキ)の活用です。
補助ブレーキはエンジンブレーキの一種。
バスは後輪駆動ですので、補助ブレーキは後輪のみにかかります。
すなわち、後輪の減速力を強めることができるのです。
バイクに乗る方なら、後輪ブレーキの活用がいかに有用かは分かると思います。
それと同じです。
しかも、補助ブレーキはアクセルオフで自動的にかかるので、フットブレーキのタイムラグを穴埋めしてくれます。
さらに説明すると、フットブレーキ単体でかけると、バスの前側のサスペンションだけが縮んで、つんのめった状態になります。
これでは、前二輪のみで大きなバスを止めているようなもので、まともな減速力が引き出せないばかりか、挙動も不安定になります。
しかし、排気ブレーキとリターダを効かせておけば、後輪側のサスペンションも縮むため、全てのタイヤに荷重が乗り、安定して減速ができるのです。
ズバリ、今回の事故の原因は、こういったブレーキの活用ができなかったことに起因しているのではないでしょうか。
私も峠道を頻繁に走りますが、下り坂ではエンジンブレーキに加えて排気ブレーキをかけておけば、急坂でも加速を抑えることができ、フットブレーキを少し踏むだけで十分に減速できます。
もちろんフェードの心配もありません。
これがフットブレーキだけで下った場合、前二輪のみに頼っていることになります。
さらに、下り坂は必然的に前荷重になります。
平地を走っている時よりも強大な負担が前輪にかかるのです。
件の運転手は事故直前に「止まらない」と言ったそうですが、そんな状況ではフェードが起きていなくても止まらなくて当り前です。
先ほど、ブレーキが立ち上がるまでに0.5秒と言いましたが、急坂ではもっと時間がかかり、もっと止まりません。
カーブの直前でブレーキペダルを踏んづけても、ブレーキはまともにかかるわけがありません。
さらに、ブレーキが効いたとしても、前輪は制動に全てのグリップを使っていますから、ハンドルを切っても十分な旋回力は生まれないのです。
【愛車のブレーキは大丈夫?】
最後に、今回の事故はバスだけではなく、乗用車にも起きるということを知っていただきたいと思います。
フェード現象をはじめ、ここまで説明してきた特性は、普通乗用車にも共通します。
特に一般乗用車は、どんどん技術が発達し、ブレーキを踏めば何の疑問もなく減速できます。
ギアもATやCVTが主流なので、エンジンブレーキを意識する人も少ないと思います。
そこに大きな落とし穴があります。
最近の乗用車の足回りを見ると、ミニバンやSUVといった大きいサイズの車なのにも関わらず、ブレーキローターが小さいクルマが目立ちます。
様々な試験をクリアしているとは思いますが、果たしてその巨体を、そんな小さなブレーキで安全に止めれるのか、と心配になります。
小さいローターと大きいローターの効きの違いは、身近なもので、とても分かりやすい例があります。
それが自転車。
自転車はリムにブレーキがついていますが、ブレーキパッドはとても小さいと思いませんか?
それでも十分な減速力が生まれます。
これが大きいローターと小さいローターの違い。
乗用車にもバスにも、同じことが言えるのです。
フェードが起きたら終わりです。
悲しい事故が2度と起こらないよう、正しい知識を持ったドライバーが一人でも増えてくれることを祈るばかりです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d41adcb7f229e1a700b2a0368e41096168b4d98f?page=1
(2022年11月2日 11時:4分 産経新聞)
静岡県小山町の県道で観光バスが横転し、1人が死亡、26人が重軽傷を負った事故で、県警は2日、フットブレーキの多用で利きが悪くなる「フェード現象」が原因と考えられると発表した。
現時点で車体に不具合は見つかっていないという。
県警によると、横転直前のバスの速度は時速90キロ前後だった。
事故は10月13日午前11時50分ごろ発生。
富士山須走口5合目から「ふじあざみライン」を下る途中、右カーブで曲がりきれず、道路左側ののり面に乗り上げて横転した。
現場の制限速度は時速30キロ。
https://www.sankei.com/article/20221102-RFYMGWNZCVIB3PVKKLNXEGIPMA/
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。