2020年12月22日9時16分にYAHOOニュース(PRESIDENT Online)から、ルポライターの体験取材記事が下記趣旨でネット配信されていた。
日本最大のドヤ街、大阪市西成区あいりん地区にある飯場の日雇い労働者は、どのような環境で働いているのか。
そこで働き、『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)を出版した國友公司氏は、「15センチ角のガラス片が上から降ってきても、周りの労働者は意に介さなかった」という――。
■「訳アリ」人間が全国から集まる地下の世界
筑波大学を7年かけて卒業するも、就職できずに無職となった私が流れ着いたのは、日本最大のドヤ街、大阪市西成区あいりん地区だった。
新宿都庁前のホームレスについて書いた卒業論文を出版社の編集長に見せたことをきっかけに、「西成に潜入してルポを書かないか」と言われたのだ。
生きていくには、とにかく仕事をしなければならない。
私は、S建設という建設会社の飯場で働くことにした。
この会社だけ募集の「健康保険」の欄に丸がついており、何となく安心だったからだ。
テレビカメラが入ることはない飯場は、想像以上に壮絶であった。
飯場――。
インターネット上では「タコ部屋」とも呼ばれる。
建設現場や解体現場で働く肉体労働者たちが共同生活を送る寮のことである。
英国人女性殺人・死体遺棄事件で無期懲役となった市橋T也は、2年7カ月もの間、逃亡生活を送っていたが、彼が選んだ潜伏先もまた、西成区あいりん地区の飯場であった。
逮捕されてからすでに10年以上が経過しているが、同地区の飯場には今でもさまざまな「訳アリ」人間が全国から集まってきていた。
■いままで関わることのなかった人間たちがここに集まっている
なぜだか分からないが、自分が本当にどうしようもない――西成で一生ドカタをするしか選択肢のない――人間であるように思えてきた。
朝の四時半に起床し、五時に一階の入り口に集合する。
食堂では、岩のような手をした大柄な男や、歯が抜け腰の曲がった老人が生卵を白飯にぶっかけ、初めて持ったみたいな箸の持ち方でかき込んでいる。
ズボンに手を入れ股間をかきむしり指先の匂いを嗅ぐ男。
ポケットに両手を突っ込み、肩を揺らして歩きながら何事かわめいている男。
いままで関わることのなかった人間たちが、ここに集まっている。
世間の目が届くことのない、日の当たらない地下の世界へやってきたのだ。
新しく現場に入るということで、書類を何枚か書かされた。
これはS建設ではなく、これから行く現場のクライアントに提出する物のようだ。
安全対策に関する講習はしっかり受けたか、といったいくつかのチェック項目がある。
「よく分からないだろうけど全部チェック入れておいて」と、私の現場の班長である菊池さんに書類を渡された。
■「安全帯」の使い方すら知らないまま現場へ…
この菊池さんはS建設に入って、すでに15年以上。
その想像を絶する勤務年数ゆえに班長に抜てきされているが、日給は私と同じ一万円(内寮費が三千円)。
むしろまったく度が合っておらず、遠くの物はもちろん、近くの物もそれはそれでぼやけるという眼鏡(菊池さんは乱視なのにケチって乱視用レンズを入れなかったらしい)のせいで、周りからはボンクラ扱いされている。
「北海道出身だが、住民票がどこにあるかもう分からない」ということから分かるように、一生飯場暮らしのチケットが発行済みの菊池さん。
いつも下を向いては行き詰まった顔をしている。
講習などもちろん受けていない上に、私は高所での作業の際に自分の腰と手すりなどをつないで落下を防ぐ「安全帯」の使い方すら知らない。
こんな状態で安全に作業ができるとは到底思わなかったが、あと10分で現場に向かうというので、内容も読まず、すべてにチェックを入れた。
私は「土工」という職種になるらしい。
簡単に言うと、一番下っ端の底辺労働者ということだ。
飯場に入っている人間のほとんどが、この土工というポジションになる。
何年飯場にいるとか、そういったことは関係ない。
全員ひっくるめて底辺土工だ。
■頭上で跳ねた無数のガラス片
バンに乗り込んで約1時間、今日の現場に到着した。
老朽化で閉館したデパートらしい。
これから10日間、どんな仕事をするかさっぱり分からないが、取りあえずこの建物をぶっ壊して更地にするというのが現場の最終目標である。
ユンボで地面を掘り返すと、おびただしい数の鉄筋がぐちゃぐちゃになって飛び出してくる。
結局、こんなにぐちゃぐちゃにするのなら、こんな粗大ゴミ初めから作らなければいいのではないか。
スクラップ&ビルドばかり繰り返して、無駄なことばかりしてバカなんじゃないか。
そんなことを考えながら粉じんに水をまいていると、3階から「ガガガガガ」と耳をふさぎたくなるほどのごう音が聞こえてきた。
そんなむやみやたらに壊して大丈夫なのだろうか。
まだ壊しちゃいけない場所まで壊して一気に倒壊しないだろうか。
解体現場の作業員が下敷きになって死亡する事故をよく目にする。
今までは他人事だったが、もうそういう訳にはいかない。
ついに振動で3階部分の窓が割れたのか、「バリバリ」と音がした。
思わず上を向くと、無数のガラス片が降ってきている。
とっさに下を向くと、ヘルメットの上で無数のガラス片が跳ねた。
中には15センチ角ほどの鋭利なものもあり、ヘルメットがなければ今頃、私は脳みそを垂れ流しているだろう。
肩や腕に当たっていても切り傷では済まない。
S建設とは別のドカタ軍団、T組の一員である高見さんは、バーナーで鉄筋を切るのに夢中で、気付いていない。
その体勢だと、背中にガラス片が思い切り刺さってしまう。
「高見さん! ガラス! ガラスが上から降ってきています!」と私は叫んだ。
「気い付けえや」
高見さんはそういうと、再び鉄筋を切り始めた。
背中に刺さったらどうするの?
ヘルメットをしているとはいえ、首筋の頸(けい)動脈を切られたら、本当に死んでしまう。
私はホースを投げ出し、安全な場所へ逃げ出した。
ガラスの雨が収まると、私は高見さんの元に駆け付けた。
■安全帯をつけずに穴に落ちて死んだ作業員
「ガラスが落ちてくるなんて日常だぞ。そのためにヘルメット被っとるんやろ。解体の現場は、この業界でも一番ケガが多いんや。ある程度は覚悟持ってやらんと仕事にならんで? 」
運が悪ければ死んでもおかしくないということか。
たしかにガラス片を気にしていたのは現場で私だけ。
3階で重機を動かしている人間も、窓が割れたことにすら気付いていないだろう。
「違う現場で安全帯つけんと作業していたやつがいてな、そいつは目の前で穴に落ちて死によってん。とんだ迷惑や。兄ちゃんも気を付けや。重機に背中向けるのは殺してくれって言っているようなもんやで」
夕方を過ぎると一気に空が暗くなってきた。
ポツポツと雨が降っている上に、ジェット噴射の水が身体に跳ね返る。
ユンボが掘り返した穴の粉じんが舞わないように水をまいているのだ。
そのせいで、体中が泥だらけになってしまう。
17時になると、道具の片付けも途中のまま、定時ちょうどに帰らされた。
バンに乗り込み、タイヤの上で揺られながら、飯場の1日目が終了していった。
(2/2へ続く)
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。