(1/2から続く)
■頭の中にいる誰かと話す、2人殺した殺人鬼
飯場生活も1週間を過ぎると、訳アリとはいえ、ほかの労働者たちともだいぶ打ち解けてきた。
中でも坂本さんは、飯場の人間模様をいつも面白おかしく私に教えてくれた。
この坂本さんも、覚せい剤の密売所を襲撃し、現場に残った覚せい剤と現金400万円を奪って逃走したという過去を持つ「訳アリ」である。
「おい、アイツ見てみろ。そこでブツブツ言いながら洗濯機回しているおっさんや。アイツが人2人殺して刑務所から出てきたっていうのは有名な話や。包丁で腹からズブッと刺し殺したんやて」
現場から飯場へ戻り、一階のランドリーで作業着を洗っている私に坂本さんがそう耳打ちしてきた。
私の目の前にいるその元殺人鬼は、焦点の合わない目で頭の中にいる誰かと話しながら洗濯機に洗剤を投げ込んでいる。
元ヤクザ、薬物中毒者は飯場では基本的なステータスとなっているが、殺人はさすがにまれである。
当然ながら私も、人殺しに直接会ったのは初めての経験だ。
犯罪者の話は漏れなく面白く興味深いものであり、いつか殺人者の話も聞いてみたいものだと思っていた。
しかし、いざ目の前にすると、相手に対する興味というのがまったくもって湧いてこない。
人間というより、何か違う生き物を見ているような気がしてくる。
関わりたくない。
声を聞いただけで、こっちの寿命が縮んでしまいそうである。
この死神みたいなやつは珍しいとしても、やはり飯場には、他にも個性的な人間がギュッと集まっている。
特に、この西成のど真ん中にあるS建設は、このかいわいでも有名で、ビックリ人間の巣窟のような場所なのであった。
■十分に一回洗面台に向かっては手を洗うオヤジ
私と同じフロアに通称“手洗いハゲ”という、10分に1回洗面台に向かっては10分間手を洗い続けるというオヤジがいる。
10分間手を洗い、10分間部屋で休憩してまた手を洗うという繰り返し。
うそみたいな話だが、現場が終わって飯場に着く18時から21時くらいまで、ずっと手を洗っているのだ。
そのため、私のいるフロアは常に石けんの香りが漂い、場末の飯場とは思えない、
ソープランドのような雰囲気がある。
風呂場に入ると、まず風呂用のイスを石けんで泡だらけにする。
その後は20分ほど入念に身体を洗い(というよりも磨き上げ)、湯船に浸かり、湯から上がるとまた新しいイスを泡だらけにして、もう一度身体を磨き上げる。
トイレの個室には自分の服を持ち込みたくないようで、用を足す時は常に全裸。
仕事道具の手入れも怠らず、ヘルメットはいつも信じられないくらいにピカピカだ。
そんな手洗いハゲは、「なんでそんなに手洗うんですか?」という私の問いに、「気になるんや。疲れが取れなくて大変なんやで」と笑いながら答えてくれた。
話してみると、意外や意外にいい人で、仕事中は目をギラギラさせながら馬車馬のように動き続けるため、S建設には重宝されているという話もある。
こんな潔癖症もいるもんだなあと感心していたのもつかの間、坂本さんはこう教えてくれるのであった。
「アホ。アイツただのポン中やで。覚せい剤の幻覚で体中に虫が這(は)っているだけや」
■ユンボの先がつまんだ土工の生首
40手前の山田君は、風呂に入るたびに鏡の前でニヤニヤしていた。
エグザイルを意識しているらしく、昔は見た目がアツシそのものだったそうだ。
だが、どこでも構わずはだしで歩くなどの奇行が目立ち、訳も分からず他のドカタに顔面をボコボコに張り倒される日々。
ある日突然、「自分頭おかしいんで辞めます」と自ら宣言し、京都の精神科病院に週一で通い始めたという。
つい最近辞めた(というよりパクられた)小山君は、ちょっとしたことで相手の顔面をグーで殴るという、かなり危ないやつだ。
たとえ相手が老人でもお構いなし。
「くしゃみがうるさかった」「目が合った」くらいの理由で、いままでに4人のドカタをボコボコにした。
ついには社長に呼び出され、殴った理由を話したところ、「それやったらしゃあない」で騒動は完結。
小山君もおかしければ、それを雇う人間も頭がイっている。
「S建設も大粒ぞろいやけど、京都にあるF興業って会社もエゲつないらしい。その会社は従業員の9割が中国人。会社の前のクレーンには犬がぶら下がっとるらしいぞ。とにかく労働環境がメチャクチャで、バンバン死人が出とるらしいわ。ユンボの運転手がよそ見して手元(手伝い)やってる土工の首つまんでな、生首になってしもたんやって」
と坂本さんは言う。
まるでサークルみたいなノリで解体作業をするF興業。
また、あるときは、ユンボを運転する人間が、運転席で注射器を引っ張り出し、その場で覚せい剤を打ちながら作業に励んでいたこともあったという。
S建設もF興業も、とにかく平凡な人間という者が見当たらないのである。
壮絶な10日間は、私が目を丸くして驚いているうちに、あっという間に過ぎていってしまった。
國友 公司(くにとも・こうじ)
ライター 1992年生まれ。
筑波大学芸術専門学群在学中より、ライター活動を始める。
キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし、7年間かけて大学を卒業。
編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。
元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて4万部6000部のロングセラーとなっている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/075bfd41383520f5d23738e430a69964e52a5886
(ブログ者コメント)
レアケースだとは思うが、中にはこういった凄まじい現場もあるということに絶句した。
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。