2022年5月30日5時0分に日本経済新聞から下記趣旨の記事が、写真や解説図付きでネット配信されていた。
防波堤が一夜で消失した「事件」の水面下では、鋼管杭がらせん状に裂ける奇妙な現象が起こっていた――。
日経クロステックが独自に入手した資料などで、水面下の状況が明らかになった。
「事件」の舞台は、宮城県気仙沼市にある気仙沼漁港だ。
2021年11月2日午前6時50分ごろ、防波堤が海上から消えていることに地元の漁業関係者が気づき、漁港を管理する県に通報した。
前日の午後5時ごろまで異変のない状態を地元の住民が確認している。
防波堤が一夜で倒壊し、海中に沈んでいた。
倒壊したのは、岸から81メートル(m)にわたって延びる小々汐(こごしお)防波堤のうち、1978年に完成した先端の50.3mの区間だ。
この区間は、水中に立つ鋼管杭の前面に工場であらかじめ製造したプレキャストコンクリート(PCa)版を取り付けたカーテン式防波堤になっている。
PCa版の下を海水が通り抜けて港内の水質を保全できるので、養殖漁場などで採用例が多い。
鋼管杭は直径70センチメートル(cm)で、厚さ9ミリメートル(mm)の鋼板をらせん状に巻いて溶接した構造だ。
港外側と港内側の2列にそれぞれ15本並んでいる。
鋼管杭の頂部には、幅4m、高さ1.8~3mの上部工コンクリートが載る。
当初の高さは1.3~2.15mだったが、11年の東日本大震災による沈下を受け、17年にかさ上げした。
岸から30.7mの区間は、コンクリートブロックを積み重ねた重力式防波堤だ。
この区間に変状はなかった。
県が事故後に水中を調査し、カーテン式防波堤全体が港外側に倒れているのを確認した。
らせん状の溶接部で鋼管が裂け、折れ曲がっていた。
調査の結果、「溶接部の選択腐食」と呼ばれる現象が生じていたことが判明した。
選択腐食によって溶接部が他の箇所よりも急速に減厚。鋼管の表面にらせん状の溝ができ、そこが切り取り線のように弱くなって破断した。
【異種金属接触腐食の一種】
溶接部の選択腐食は、異種金属接触腐食の一種といえる。
元の金属は母材と同じであっても、溶接によって性質が変わるからだ。
異種金属間と同様に、母材と溶接部との間に電位差が生じ、接触部分で電子の移動が起こって腐食が進む。
例えば、海水中の鋼構造物の場合、電子の移動によって生じた鉄イオンが溶出する。
破断箇所を見ると、溶接部に接する母材部分が切れているのが分かる。
海中で採取した鋼管杭のサンプルを計測したところ、溶接部に接していない箇所の母材の厚さは6.35mm。
当初の9mmから43年を経て2.65mm薄くなっていた。
腐食速度は0.062mm/年と算出される。
水面から離れた海水中の腐食速度は一般に0.1mm/年程度といわれるので、特に腐食が速かったわけではない。
一方で、溶接部に接する破断箇所では母材の厚さが3.79mmと、5.21mm薄くなっていた。
選択腐食によって、周囲の約2倍の速度で減厚が進んだことが分かる。
金属工学の専門家によると、溶接部の選択腐食は母材側で起こるとは限らないという。
母材の種類や溶接時の状況など様々な条件によって変わるので、一概にどちらで腐食が進むとはいえない。
海洋に設置した鋼管杭や鋼矢板などの構造物で、水中の溶接部が破断する事故は極めてまれだ。
「平均干潮面の直下付近で『集中腐食』が進む現象は広く知られており、最近は対策が進んでいる。
しかし、溶接部が腐食して破断した例は聞いたことがない」。
海洋鋼構造物の腐食に詳しいある専門家は、こう驚く。
倒壊原因を調査している県も、同様の事例は把握していない。
国土交通省港湾局がまとめた「港湾の施設の点検診断ガイドライン」では、鋼材の劣化予測のために肉厚を測定する際は、集中腐食が生じやすい箇所を選ぶよう規定している。
しかし、選択腐食についての言及はない。
【他のカーテン式防波堤11カ所でも潜水調査】
県は18年に実施した小々汐防波堤の点検の際、潜水調査で鋼管杭の状態を確認したが、健全度に問題はないと判定していた。
その時点で既に進んでいたはずの選択腐食には気づかなかった。
県は、「水中は視界が悪く、鋼管杭の表面にはカキ殻などが付着しているので、腐食の状態を正確に把握するのは難しい」(県漁港復興推進室)と説明。
当時の点検に問題があったとは考えていないという。
水面から離れた深い水中では腐食が進みにくいため、点検の盲点になっていた可能性がある。
ただ、海面付近と異なり、深い箇所が腐食して損傷すれば、構造物全体の倒壊につながる。
なぜ、小々汐防波堤で選択腐食が進んだのかは不明だ。
破断した鋼管杭の溶接部と母材との間の電位差を測るなど、県が原因究明に向けて、これ以上の詳細な調査を実施する予定はない。
一方で、他の防波堤の調査は進める。
小々汐防波堤がある宮城県気仙沼地方振興事務所管内には、他に同様のカーテン式防波堤が11カ所ある。
県は今後、これらの防波堤で潜水調査を行い、鋼管杭の状態を調べる。
超音波厚さ計を使用し、溶接部の肉厚を非破壊で測る考えだ。
倒壊した防波堤があった箇所には、船の航行時の波などを低減するため、応急対策としてシルトフェンス(汚濁防止膜)を設置した。
水中に沈んでいる防波堤は、養殖作業に支障が出ない22年6~10月の撤去を予定している。
23年度にカーテン式防波堤を再構築する計画だ。
(日経クロステック2022年5月23日付の記事を再構成)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC232BR0T20C22A5000000/?n_cid=NMAIL007_20220530_H&unlock=1
(ブログ者コメント)
カーテン式防波堤とはいかなるものか?
調べたところ、下記報文が比較的分かりやすかった。
以下は、その一部抜粋。
『カ ー テ ン 防 波 堤 と そ の 特 性 に つ い て』
(運輸省港湾技術研究所の研究者の論文?)
カーテン防波堤 とは,図-1のように水面付近にだけ直立壁を設けた特殊な型の防波堤を,このように命名したものである。
・・・
このように底のあいた防波堤で本当に波も防ぎうるかどうかが,まず第一の疑問点であろう。
・・・
カーテン防波堤では直立壁は水面付近にしかないのであるから,一見したところ波は壁の下をくぐり抜けてしまうように思われる。
しかし,波の性質を考えてみると表面でこそ水粒子の動きは激しいが,水面から下にもぐるにつれて水粒子の動きはしだいに小くなる。
特に波長の半分以上深いところでは,水の動きはほとんど0となる。
したがって水粒子の大きく動く水面付近に壁を作ってその動きをとめてやれば,壁の背後へ抜ける波を相当小さくおさえられることになる。
ただし,水深にくらべて波長の大きい長波の場合には水粒子の動きは水面から水底まで一様であるから,この場合はあまり効果がないであろう。
・・・
https://www.jstage.jst.go.jp/article/proce1955/11/0/11_0_222/_pdf
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。