2022年1月13日19時36分に産経新聞から、『専門家の常識覆した阪神大震災 都市に潜む「盛り土リスク」』というタイトルで、下記趣旨の記事が震災時の現地写真付きでネット配信されていた。
平成7年の阪神大震災では、それまで比較的安全とされていた兵庫県西宮市などの200カ所以上で盛り土の地滑りが発生、
仁川百合野町地区では34人が亡くなった。
人口増に伴い、盛り土の上に住宅を建設してきた大都市に共通するリスクが初めて浮き彫りとなったケースとみられ、専門家は「盛り土崩落はいつ、どこにでも起こりうる災害だ」と警鐘を鳴らす。
【どこでも起きる】
被災直後の平成7年1月、地質調査所(現・産総研地質調査総合センター)の職員だった釜井俊孝氏(現・京都大防災研究所教授)は、調査のため訪れた兵庫県西宮市で意外な光景を目にした。
阪急西宮北口駅から六甲山麓に続く住宅街のいたるところで地滑りが起きていたのだ。
地滑りの専門家である釜井氏が意外と思うのには理由があった。
高度経済成長を経て現代化した都市が受けた最初の地震とされる昭和53年の宮城県沖地震で、仙台市内の造成地で多数の盛り土が崩落し、犠牲者も出た。
当時、これらは仙台の丘陵を形成する砂岩や泥岩が地下水による湿潤と乾燥を繰り返すうちにもろくなる「スレーキング」と呼ばれる現象が原因と考えられており、地盤の性質が異なる阪神地域で造られた盛り土は同じような被害は出ないと考えられていた。
では、なぜ発生したのか。
釜井氏は住宅街を歩き回り、白地図に地滑りの発生した場所を記録した。
西宮市相生町の阪急夙川駅近くでは、昭和初期に開発された古い宅地は、古くからある台地の平坦(へいたん)部に建てられていて無事だった。
一方、戦後、高級住宅地としての需要に応えるため、谷の内部や低地に盛り土をして造成された宅地が集中的に被害を受けていたことがわかった。
ある家では床下を剝がすと、地面から砂が混じった水が噴き出す「噴砂」が起きており、盛り土が地下水に対して極めて弱いことを物語っていた。
釜井氏は「地下水の存在が盛り土の強度に深刻な影響を与えるとわかったのが、阪神大震災だった」と振り返る。
【遅れてきた公害】
人の手によって積まれた盛り土が後世の住民に被害をもたらす様子を、釜井氏は「遅れてきた公害」と話す。
釜井氏は「盛り土崩落が日本のどの街でも、起こりうるということが阪神大震災で分かり、強い危機感を感じた」と振り返る。
国も手をこまねいているわけではない。
阪神大震災や平成16年の新潟県中越地震の被害を受け、18年には宅地造成等規制法が改正され、新たに盛り土を造る際の基準が厳しくなった。
また、昨年7月に静岡県熱海市で26人が亡くなった盛り土崩落を踏まえ、政府の有識者検討会は昨年末、危険な盛り土を一律で規制する法制度の構築を提言するなど、議論が進められている。
一方で、すでに造られている盛り土のリスクは残ったままだ。
東京や大阪などの大都市では、人口増により都市圏が拡大するたびに盛り土が造られた経緯があり、釜井氏は「危険な盛り土は多い」と指摘する。
大阪市内を南北に延びる上町台地の周辺に多くの古い盛り土がある大阪も、事情は同じだ。
昨年6月には、台地の一角に位置する大阪市西成区で、斜面際に建つ民家2棟が造成されていたのり面ごと倒壊した。
盛り土のリスクに対処する上で鍵となるのは、住民の自己防衛意識だ。
地下水位の状態は、ボーリング調査以外でも、自治体に問い合わせれば確認できるケースもある。
釜井氏は、「行政側がリスクを可視化し、住民が適切に自己防衛できる仕組みの構築が必要だ」と強調した。
https://www.sankei.com/article/20220113-R4DC7REBXZM3HINEUFMS2SKJYM/
2021年12月26日10時0分に朝日新聞から下記趣旨の記事が、1952年地震時の流氷津波の写真付きでネット配信されていた。
千島海溝と日本海溝沿いの巨大地震が冬場に起きると、北海道内の太平洋や根室海峡の沿岸地域が受ける被害は増大するとみられている。
21日に国が公表した被害想定は「流氷津波」にも着目している。
過去には、流氷が押し寄せて大きな被害が出た地震も起きている。
今回の国の想定では、積雪寒冷地の特徴的な被害として、流氷の漂着を考慮した場合の津波による全壊棟数を推定している。
流氷が到達する北海道東部が大きな被害を受ける千島海溝地震では、流氷を伴わない場合、道内の全壊棟数は最大5万7千棟だが、流氷を考慮すると最大5千棟増える可能性も示された。
道内で真冬の12月~2月にこれまで起きた津波を伴う地震は多くない。
ただ、1952(昭和27)年3月4日発生の「十勝沖地震」では、道東の浜中町を津波が流氷や漁船などを伴って襲い、大きな被害が出た。
「浜中町史」によると、この時の住宅の被害戸数は306棟。
琵琶瀬湾と北側の浜中湾に囲まれた霧多布地区の市街地は流氷が直撃し、流出・全壊した建物は全戸数の11%に及んだ。
一方、霧多布地区も含めた町内の死者は3人にとどまった。
道がまとめた「北海道十勝沖震災誌」によると、発生が午前10時20分過ぎと日中だったうえ、沖合から迫る津波が陸地から見え、消防団の半鐘などで住民が早めに避難できたことで、人的な被害はこの規模で済んだという。
当時は、現在より寒さが厳しく、道東の太平洋岸も根室半島から釧路市にかけて沿岸の遠浅の海浜や河口が結氷していた。
「震災誌」によると、琵琶瀬湾でも地震の1週間ほど前に湾内に入り込んだ流氷や海氷が残っていた。
津波の高さは、一番高いものでも3・2メートルほどだったが、地震の振動と初期の津波で流氷が砕かれ、さらに大きな第3波と第4波が流氷や船を陸に打ち上げて家屋を壊し、押し流した。
現在は温暖化の影響で、道東の太平洋沿岸では流氷の到達や結氷は珍しくなっている。
一方、流氷がオホーツク海から知床半島を回り込んで太平洋へと抜ける根室海峡沿いの羅臼、標津、別海の3町と根室市の海峡側では、期間は短くなっているとはいえ、流氷が到達したり沿岸が結氷したりする時期がある。
また、太平洋沿岸にも流氷がやってくる年もある。
千島海溝沿いの太平洋からくる津波は根室半島や国後島が遮るため、根室海峡沿岸で予想される津波の高さは最大でも5メートル前後と、20メートルを超える太平洋側沿岸に比べてかなり低めだ。
しかし、十勝沖地震では、浜中町で高さ3メートルほどの津波でも流氷が陸に打ち上げて被害を受けた。流氷や河氷を伴う津波が建築物などに与える被害を研究する寒地土木研究所(札幌市)の主任研究員、木岡信治さんは、「根室海峡地域でも沿岸が結氷していれば、浜中町のようにあまり高くない津波でも大きな被害が出る可能性はある」とみる。
また、津波で陸に遡上(そじょう)した流氷が、がれきや車などの漂流物と一緒に建物など構造物のすき間をふさぎ、流れをせき止められた津波が高さや水圧を増やして被害を拡大させる危険性も指摘されている。
流氷が積み重なって道路をふさぎ、住民の避難や緊急車両の通行を妨げる恐れもある。
「千島海溝沿いの地震で起きる津波は、数百年から千年に1回のレベル2級。ハード面の対策には限界があり、対策は避難が中心にならざるをえない。冬季の津波の襲来を考えた場合、津波とともに大量の雪氷やがれきが道路をふさぎ、救助や救援物資輸送の障害となる可能性がある。アクセスが一本で孤立しやすいような所に避難所はつくらない。雪氷などの障害物を、速やかに除去できる備えをしておくことも重要だ」と木岡さんは指摘する。
また、津波が流氷を伴えば、建造物などへの破壊力は確実に増す。
木岡さんは、「特に、浸水域で避難施設になっているビルやタワーや、石油タンクなどの重要施設は、絶対に壊れないようにしなければいけない。冬季の津波対策は、雪や氷の遡上や漂流の可能性にもよく配慮して進めるべきだ」と強調している。
【雪氷期の津波被害の例】
1894(明治27)年3月 根室沖地震 国後島で流氷を伴った津波の遡上により、家屋の倒壊3棟、船の破損5隻
1923(大正12)年2月 カムチャツカ地震 旧ソ連のカムチャツカ半島で波に押し流された氷塊によって魚缶詰工場が破壊
1952(昭和27)年3月 十勝沖地震 浜中町霧多布で流氷を伴った津波の遡上により家屋が多数全壊
2011(平成23)年3月 東北地方太平洋沖地震 北海道内の河川で河川結氷が漂流し、胆振(いぶり)地方の鵡川(むかわ)では氷が河道をふさいで上流の水位を上昇させる「アイスジャム」が発生
(北海道開発局「雪氷期の津波沿岸防災対策の検討報告書」2013年3月より)
https://digital.asahi.com/articles/ASPDT4VDCPDNIIPE022.html?pn=6&unlock=1#continuehere
(ブログ者コメント)
関連情報調査結果、2013年には網走市で、2019年には斜里町で、流氷津波を想定した訓練が行われたとの報道があった。
今回初めてクロ-ズアップされたことではなく、以前から懸念されてきた問題の模様。
『陸上の流氷 撤去苦戦*網走 真冬の津波想定し実験』
https://www.hokkaido-np.co.jp/movies/detail/5293220366001
『極寒の知床 流氷の津波に備えた避難訓練に同行した』
https://www.sankei.com/article/20190310-ZGASPV3YKRIYVIJ3BYF2KQHT5Q/
2021年12月3日19時13分にNHK青森から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
ことし8月の大雨で崩落したむつ市の国道にかかる小赤川橋について、新たに設置が進められる橋の構造などを検討する会議が八戸市で開かれました。
むつ市大畑町赤川地区の国道279号にかかる小赤川橋は、ことし8月の大雨で崩落し、現在は仮設の橋が設置されているものの、いまも片側交互通行が続いています。
国土交通省は再来年3月をめどに、相互に通行できる本格的な橋を建設することにしていて、今回、専門家や自治体の担当者でつくる委員会を立ち上げ、建設に向けた方針の検討を始めました。
3日、八戸市の八戸工業大学で行われた初めての会議は、冒頭を除いて非公開で行われましたが、委員らは、橋の崩落について、大雨で川が増水して流れが速くなり橋の土台周辺の土砂が流出したことが要因だと確認したということです。
その上で新しい橋の構造について、土台をこれまでより地中のさらに深い場所に設置するとともに、橋の中間部分にあった橋脚を、流木などが引っかからないようにするため設置しないことに決めたということです。
委員長を務める八戸工業大学の長谷川明名誉教授は、「周辺のみなさんが暮らしや産業を安心して営めるような方法を検討していきたい」と話していました。
委員会は来年2月にも会議を開き、建設が予定される場所の地盤などについても検討を進めることにしています。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/aomori/20211203/6080014525.html
12月2日11時50分にgooニュース(東奥日報)からは、水流で川底が削られる「洗堀」が要因の一つ、県は他の橋も緊急点検するなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
青森県議会は1日、一般質問を行った。
岡前・県土整備部長は、8月の大雨によるむつ市大畑町の国道279号小赤川橋の落橋を受け、来年度以降、県管理の全ての橋を点検し、必要な場合は対策を講じることを明らかにした。
越前陽悦議員(自民)の質問に答えた。
県によると、落橋は水流で橋脚や橋台周辺の川底が削られる洗掘が要因の一つと考えられる。
県は年内に279号の大間町−むつ市大畑町間の全ての橋を緊急点検し、洗掘が発生していないか確認。
また、国土交通省が設置する復旧方法検討委員会による落橋原因の検証を踏まえ、県の点検マニュアルを改定する。
https://news.goo.ne.jp/article/toon/region/toon-20211202115303.html
2021年10月20日21時0分に朝日新聞から、下記趣旨の記事が4枚の写真付きでネット配信されていた。
阿蘇・中岳(熊本県)が20日に噴火し、噴火警戒レベルが引き上げられた。
けが人などの被害は確認されていない。
気象庁は警戒を呼びかけ、県は火口からおおむね2キロ以内の立ち入りを規制している。
噴火を目の当たりにした付近の登山者もいた。
中岳火口から約2キロ離れた烏帽子岳(1337メートル)の山頂近くで、長崎県佐世保市の松尾さん(男性、72歳)は噴火の瞬間を目撃した。
山頂で早めの昼食をとって下山を始めた時、「ゴオーッ」という音とともに、あっという間に噴煙が盛り上がり、弧を描いて噴き出す黒い筋も見えた。
噴火から約1時間後、火口から約3キロの草千里駐車場にたどりついた松尾さんは「驚いた」と何度も口にした。
火口から距離があり、噴煙が向かってくる様子もなかったため、危険は感じなかった。
阿蘇にはたびたび登山に訪れているが、間近に噴火を見たことなどない。
「火山灰の被害が心配される噴火だが、生涯、二度と見ることはないと思う」
京都大火山研究センターの大倉敬宏教授も、地震計のメンテナンスのため、火口から1キロあまり離れた場所にいた。
雄鳥の尾のような形をした、黒っぽい土砂混じり噴煙を確認した。今
回の噴火は、この「コックステールジェット」と呼ばれる噴煙を伴う水蒸気噴火だったという。
大倉教授らが一時避難した草千里駐車場では午後1時過ぎ、警察などを除く一般車両は退去を求められた。
観光登山道路「阿蘇パノラマライン」では、警察官が山上方面に向かう車を止めてUターンを求めたほか、駐車スペースで噴煙の写真を撮るなどしていた人たちには早く下山するよう促していた。
https://digital.asahi.com/articles/ASPBN6W3MPBNTLVB01F.html
10月20日20時49分に読売新聞からは、大きな噴石が900m飛んだ、火砕流は1.3㎞流れたなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
気象庁によると、噴煙は火口から約3・5キロ上空に達し、大きな噴石が約900メートル先まで飛散した。
火砕流は約1・3キロ西の地点まで流れた。
熊本、宮崎両県で降灰が確認された。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20211020-OYT1T50185/
10月21日10時4分にNHK熊本からは、2㎞範囲内では大きな噴石や火砕流に要注意など、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
気象庁は、中岳第一火口からおおむね2キロの範囲では、大きな噴石や火砕流に警戒するよう呼びかけています。
また、風下の地域では火山灰だけでなく小さな噴石や遠くまで流されて降るおそれがあるほか、火山ガスにも注意を呼びかけています。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20211021/5000013773.html
10月20日17時11分に毎日新聞からは、数日前から火山灰が降るなどの兆候があったなど、下記趣旨の記事が「ニュー草千里」から撮影した動画付きでネット配信されていた。
噴火した火口から3キロ西の観光名所「草千里」で観光施設「ニュー草千里」を経営する河津さん(男性、45歳)は、噴き上がる煙をスマートフォンで撮影した。
施設1階のカフェにいた河津さんは、屋外の駐車場にいた複数の観光客が火口方向に一斉にカメラを向ける様子を見て不思議に思い、外に飛び出して噴火に気付いた。
「音も震動もなかったので、すぐに気付かなかったが、表に出ると真っ黒な噴煙がブワーッと上がっていた」。
周りにいた観光客に「灰が降るから下山した方がいい」と声をかけ、急いでシャッターを切った。
2~3日前から断続的に火山灰が降り、硫黄とみられる黄色の粒が含まれていたため、近いうちに噴火する可能性があると警戒していた。
河津さんは、「噴火には慣れているが、自然は予測がつかないことも起きるので油断しないようにしたい」と語った。
https://mainichi.jp/articles/20211020/k00/00m/040/138000c
10月20日22時10分にNHK NEWS WEBからは、今回の噴火に関するまとまった下記趣旨の記事が、写真や動画付きでネット配信されていた。
熊本県にある阿蘇山の中岳第一火口で20日午前、噴火が発生し、噴煙が火口から3500メートルまで上がり、火砕流が最大で1.6キロまで流れ下ったほか、周辺の広い範囲に火山灰が降りました。
気象庁は、阿蘇山に火口周辺警報を発表して噴火警戒レベルを3に引き上げ、火口からおおむね2キロの範囲で大きな噴石や火砕流に警戒し、危険な地域に立ち入らないよう呼びかけています。
・・・
【松野官房長官「現時点で人的被害の報告なし」】
・・・
【気象庁「阿蘇山ではよく見られる噴火のしかた」】
今回の噴火のメカニズムについて気象庁の尾崎課長は、「どの程度マグマが関与しているかは精査しないとわからない」としたうえで、「噴石や火砕流が出るのは阿蘇山ではよく見られる噴火のしかたで、たびたび起きる噴火が今回も起きたと考えられる」と述べました。
また、今後の活動について、「現時点では、地下から大量のマグマが上がってきていることを示すような兆候は確認されていない。ただ、急に大きな噴火が起きる可能性がないわけではないので、今後の火山活動に注意して欲しい」と呼びかけました。
【噴火警戒レベル3とは】
・・・
【火山灰の注意点】
・・・
【阿蘇山とは】
熊本県の阿蘇山は複数の山からなる活火山で、記録が残る噴火の大部分が中岳で発生しています。
近年も噴火を繰り返していて、平成26年には中岳第一火口で、一定の時間で溶岩を噴き上げる噴火を繰り返す「ストロンボリ式」と呼ばれるタイプの噴火が確認されました。
また、平成27年9月の噴火では、噴煙が火口から2000メートルまで上がり、小規模な火砕流や火口周辺で大きな噴石が飛んだのが確認されました。
さらに平成28年10月8日には、噴煙の高さが衛星による観測で海抜1万1000メートルに達し、噴火警戒レベルが入山規制を示す「3」に引き上げられました。
その後、火山活動はときおり高まり、噴火警戒レベルは1や2を繰り返していました。
今月13日には、地下の熱水やマグマの動きを示すとされる火山性微動の振幅が大きくなり、気象庁は噴火警戒レベルを「2」に引き上げていました。
【阿蘇山 過去の噴火活動 過去には噴石で死者も】
過去の阿蘇山の噴火では、噴石によって死者も出ています。
昭和28年に起きた噴火では、大きな噴石が数百メートルの範囲に飛んで、火口近くにいた観光客6人が死亡、90人余りがけがをしました。
また、昭和33年の噴火でも、噴石が火口から1キロ余り飛んで、12人が死亡したほか、昭和54年9月には爆発的な噴火が発生して火口の北東側に多量の噴石が飛び、3人が死亡しました。
平成元年からは、多量の火山灰や噴石を伴う活発な噴火活動が1年余りにわたって続きました。
【火口から1キロの所にいた専門家「噴石飛んでいる様子
見えた」】
・・・
【専門家「今後も今回のような爆発的噴火が起きる
可能性」】
火山活動のメカニズムに詳しい東京大学の藤井敏嗣名誉教授は、「映像からは火砕流が流れ下っているのが確認でき、火口の近くには大きな噴石も飛んでいるように見える。高温のマグマが火口内の水分に触れて発生した『マグマ水蒸気爆発』の可能性があり、今月14日の噴火よりは規模が大きい。現在は噴煙は白っぽく、水蒸気を噴き上げている形だが時間を置いてマグマが上がって来れば、再び、今回のような爆発的な噴火が起きる可能性があり、注意が必要だ。まずは山に近寄らないことが大切だ」と話しています。
【政府 情報連絡室を設置】
・・・
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211020/k10013314381000.html?utm_int=all_side_ranking-access_001
10月22日21時14分にNHK熊本からは、今回の噴火は水蒸気噴火だった可能性があるなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
産業技術総合研究所は中岳第一火口から南東の4.2キロにあたる熊本県高森町で火山灰を採取し、地下のマグマがどのように関係したのか調べるため、顕微鏡で詳しく分析しました。
その結果、これまでのところ、火山灰のほぼすべてが火口付近にあった岩石の破片で、地下深くのマグマに由来する物質は確認されなかったということです。
このため、20日の噴火は、地下水が熱せられるなどして噴き出す「水蒸気噴火」だった可能性があり、これからすぐに規模の大きな噴火に発展する可能性は低いとしています。
その一方、産業技術総合研究所活断層・火山研究部門の山元孝広副研究部門長は、「過去の活動では水蒸気噴火から徐々にマグマ噴火へと変わっている。まだ活動が活発な状態が続いていて、地下にマグマがあることは間違いないので、マグマ物質の比率が増えていくかどうか、今後も推移を見ていく必要がある」と話しています。
(ブログ者コメント)
当日、11時前からテレビの生中継画像を見ていたが、噴火後30分以上経っても、草千里の駐車場にいた数台のバスや数10台の車は、避難することもなく、そのまま停まっていた。
その間、数台の車が駐車場から出て行ったものの、慌てて避難したようには見えなかった。
今回、ニュー草千里から撮られた映像を見てみると、指呼の距離で爆発的噴火が起きている。
それなのに、一斉避難しなかったのは、なぜだろう?
今回は、たまたま小規模噴火で収まったが、草千里の駐車場が被害に遭うほどの噴火が続いて起きていたかもしれないのに・・・。
過去には、雲仙岳の火砕流や東日本大震災時の津波など、1回目の災害では大したことがなかったからと災害現場にかけつけた、あるいは居続けたために被災した事例もある。
危ない場所からは、できるだけ早く避難することが大切だ。
2021年10月8日18時37分にNHK首都圏から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
国土交通省によりますと、7日夜の地震で首都圏を中心に7万5738台のエレベーターが停止し、このうちエレベーターに閉じ込められたケースが、東京都や神奈川県、千葉県、埼玉県であわせて28件あったということです。
閉じ込められた人たちは、いずれもすでに消防などによって救出されていて、けが人はいないということです。
震度5強を観測した東京・足立区では、老人施設のエレベーターが一時、使えなくなる影響も出ました。
足立区にある5階建ての介護付き有料老人ホームでは、地震のあと、施設内のエレベーターが動かなくなり、職員たちは階段を使ってすべてのフロアを回り、およそ80人の利用者の安否を確認したということです。
施設によりますと、けがなどをした人はいませんでしたが、エレベーターが復旧したのは、地震からおよそ8時間が経った、午前6時半ごろだったといいます。
有料老人ホーム「すいじんの憩」管理者の小田切さん(男性、35歳)は、「エレベーターが動かない間、利用者が急病になったり体調を崩したりしたらどうやって搬送しようと、とても大きな不安を抱えて一夜を過ごしました。水や非常食は十分確保していたのですが、今後はエレベーターが停止したり、管理会社と連絡が取れなくなったりした場合も想定して、災害への備えを進めたいと思います」と話していました。
東京・港区では、地震の影響でビルのエレベーターが停止し、8日夕方の時点でも復旧していないケースが出ています。
住民などからは、「階段での移動は負担が大きく、早く復旧してほしい」という声が相次いでいます。
東京・港区東麻布にある会社の事務所や住居などが入る9階建てのビルでは、地震発生直後からエレベーターが停止しています。
ビルのオーナーの桑原さん(女性、84歳)がエレベーターの保守・点検をしている会社に問い合わせたところ、「復旧作業が必要なエレベーターが多く、このビルで作業を開始できるめどはまだ立たない」と説明されたということです。
そして、その後、「復旧作業はきょうの夜中かあすの明け方になる」と会社から連絡があったということです。
桑原さんはエレベーターの入り口などに停止を知らせる貼り紙をはり、ビルの利用者には階段を使ってほしいと呼びかけています。
また、桑原さんは寝たきりで介護が必要な夫と8階に住んでいます。
夫の往診に訪れた医師や介護ヘルパーは8階まで階段を使い部屋に来てもらいました。
桑原さんは「私もひざが悪くて階段で上り下りするのが大変で困っています。エレベーターがいつになったら動くのか不安な思いです。早く復旧してほしい」と話していました。
また、このビルの3階に来月から新たに事務所を開設する予定のシステム開発会社の社長をつとめる小山内さんは午前、いす12脚やパーテーションなどが運送会社から配達されました。
しかしエレベーターは停止したままで、運送会社の担当者と2人で階段を10往復以上して運んだということです。
小山内さんは、「大きな荷物だったので、階段で運ぶのはとても大変でした。各地のビルでエレベーターが止まっているのでしかたがないとは思いますが、早く復旧してほしいと思います」と話していました。
国土交通省によりますと、エレベーターには2009年9月からは「地震時管制運転装置」の設置が義務づけられ、地震の最初の揺れを感じると最寄りの階に停止する仕組みになっています。
そして、揺れがそれほど大きくない場合はエレベーターの扉が開き、利用者の閉じ込めを防ぐということです。
多くのエレベーターは、安全に停止した後、再開させるために技術者による点検が必要です。
技術者は現場に出向いて、エレベーターを動かすためのロープやおもりに異常がないかなどを確認したうえ、試運転をするということです。
しかし、ビルの階数が高いほど、試運転での確認に長い時間が必要となり、技術者は階段を使うため、作業のための移動にも時間がかかります。
このため、建物によっては、エレベーターの復旧作業には時間がかかるということです。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20211008/1000071267.html
10月8日12時3分にNHK千葉からは、病院など優先度の高い順に復旧作業を進めているなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
エレベーターの保守・点検をしている複数の会社によりますと、都内を中心に、いまも多くのマンションや商業ビルでエレベーターが止まっているということで、各社が復旧作業を急いでいます。
このうち、関東圏で保守・点検をしている会社では、地震の影響でおよそ4300台が停止し、午前9時現在で、およそ1200台が停止しているということです。
また、別の会社では、午前9時までで最大1万9000台が停止し、復旧作業を続けているということです。
会社の担当者などによりますと、復旧作業は病院など優先度の高い順から始めているということですが、建物に被害があって安全性が確認できないとかビルのオーナーと連絡が取れないといった理由で作業を進められないケースもあるということです。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/chiba/20211008/1080016207.html
(ブログ者コメント)
東日本大震災時、他の甚大な被害のほうに関心が向き、エレベーターが多数動かなくなったという話しは記憶にない。
そこで今回、改めて調べてところ、1都1道19県で閉じ込められたのは210件、被害に遭ったのは調査37万台中、9000件という情報が見つかった。
(以下の資料の16ページ)
『首都直下地震時における 災害応急対策の主な課題』
平成24年7月 内閣府(防災担当)
http://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/5/pdf/4.pdf
ただ、停止した台数については、情報を見つけることができなかった。
2021年10月8日12時9分に毎日新聞から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
東京都交通局は8日未明、都営新交通システム「日暮里・舎人ライナー」が地震で脱線した状況について明らかにした。
都によると、脱線したのは足立区内を走行していた日暮里発見沼代親水公園行き下り電車(5両編成)。
舎人公園駅を出発直後に地震が発生し、指令室が非常停止ボタンを押して電車を停止させたが、先頭車両に二つある台車のうち、一つが脱線したという。
この事故で車内にいた30代女性が転倒して頭部から出血するなど乗客3人が負傷し、そのうち2人が救急搬送された。
車両は現場に残ったままで、復旧の見込みは不明。
乗客は係員が舎人公園駅まで誘導した。
https://mainichi.jp/articles/20211008/k00/00m/040/037000c
10月8日18時9分にNHK首都圏からは、車両がポイントにさしかかった時に揺れが起きたので脱線したことが考えられる、緊急停止が原因の可能性は低いなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
7日夜の地震の影響で車両が脱輪した都営の新交通システム、日暮里・舎人ライナーについて、都は、進行方向を切り替えるポイントに車両がさしかかったときに揺れが起きたことで脱輪につながったのでないかとみています。
都によりますと、脱輪した車両は、足立区にある舎人公園駅を出発して150メートルほど進んだ場所で止まりました。
5両編成で、先頭から3両目までが脱輪し、車両が損傷しているため、自力で走行できない状態だということです。
日暮里・舎人ライナーは、鉄道の「軌道」にあたる「走行路」にタイヤが乗った状態で走行しますが、都によりますと、先頭車両のタイヤは走行路から大きく外れて脱輪しているということです。
2両目と3両目は走行路にタイヤが乗っているものの、タイヤの横についている車両が走る方向をコントロールする複数の部品が、「ガイドレール」から外れた状態となっているということです。
「ガイドレール」は、車両を進行方向に誘導するためのレールで、車両が走る走行路の両脇にあります。
脱輪した車両が止まった場所の30メートル手前には、車両の進む方向を切り替えるポイントがあります。
ポイントがある場所は、進行方向を誘導するための「ガイドレール」と車両との接点が片方にしかないということです。
都は、今回脱輪した車両が、このポイントにさしかかったときに地震の揺れが起きたことが、脱輪につながった原因ではないかとみて、詳しく調べています。
今回、司令室にいた運行管理をする司令員が緊急地震速報が出たことをうけて、すべての車両を緊急停止させるボタンを押したということです。
都によりますと、この操作をして脱輪がおきた事例は過去にないことから、都は、緊急停止が脱輪につながった可能性は低いのではないかとみています。
都は、国土交通省の調査が終わったことなどから、このあと、車両を撤去する予定です。
撤去に使うクレーン車の到着を待って作業を始め、8日夜中には車両基地に移したいとしています。
ただ、設備の点検などが必要なため、9日も始発から全線で運転を見合わせる予定です。
都は、現在、都営バスと民間のバスで振り替え輸送をしています。
振り替え輸送での利用は無料です。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20211008/1000071265.html
(2023年2月17日 修正1 ;追記)
2023年2月16日12時56分に読売新聞からは、揺すられて案内輪がガイドレールに乗り上げ、重みでガイドレールが外れて脱輪したなど、下記趣旨の記事が図解付きでネット配信されていた。(新情報に基づき、タイトルも修正した)
運輸安全委員会は16日、車両がゆりかごのように揺すられ、車体が浮き上がる「ロッキング脱線」の可能性が高いとする調査報告書を公表した。
浮き上がった弾みで、車輪の逸脱を防ぐ「ガイドレール」が破損し、脱輪したとみている。
ライナーは日暮里―見沼代親水公園間を無人運行で結ぶ。
走行路をゴムタイヤで走る仕組みで、走行路の両脇の高さ約30センチの位置に「ガイドレール」があり、そこに車両側面の「案内輪」が接触することで逸脱を防ぐ。
地震は同年10月7日午後10時41分頃に発生。
列車(5両編成、乗客29人)は舎人公園駅(足立区)を出発直後で、指令員が非常停止させたが、先頭車両前方の車輪が走行路から右側に落ち、乗客8人が頭を強打するなど負傷した。
報告書では、地震で車両が左右に揺すられ、浮き上がった右の案内輪がガイドレールに乗り上げ、重みでガイドレールが外れて脱輪したと分析。
再発防止のため、乗り上げを防ぐ対策を講じるよう都交通局に勧告した。
また、事故時は、揺れが収まった後、脱輪を確認せずに列車への送電を再開したため、電車線付近から火花が散り、煙が車両内に充満した。
これを受け、地震後の再送電を慎重に行うことも求めた。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230216-OYT1T50069/
2月17日付で毎日新聞からは、ガイドウエーが脱落したまま走り続けて分岐部にさしかかり、そこには車両を安定して走らせる仕組みがあったが、先頭車両がずれていたため機能しなかったなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
・・・
報告書などによると、日暮里・舎人ライナーは乗務員が乗車しない無人運転で、事故当日は運転指令区の担当者が地震発生を受け、非常ブレーキを作動させた。
事故のあった車両は完全に停止するまで約10秒かかったという。
日暮里・舎人ライナーは、周囲より高くなった走行路をタイヤを付けた車両が走行する。
走行路から落ちずにルート上を運行するため、左右の壁にガイドウエー(案内軌条)と呼ばれる部品が付き、車両のガイドローラー(案内輪)を当てる仕組みになっている。
この時の地震で大きく列車が揺さぶられ、先頭車両の前台車右側の一部分が右側のガイドウエーに乗り上げる形になった。
右側のガイドウエーはその衝撃で脱落し、先頭車両が少し右側にずれたまま走行を続けた。
列車はそのまま分岐部分に差し掛かった。
分岐では、案内軌条や案内輪とは別の部品だが、同様に車両を安定して走行させる仕組みがあった。
しかし、先頭車両が右側にずれていたため機能しなかった。
このため先頭車両は左右のタイヤの一部が走行路から落ちて脱線した。
また運輸安全委は報告書で、脱線直後に脱線の有無を確認せずに再送電し、電車線の付近から火花が散って車両内に煙が入る状況となったことも指摘。
都交通局に対し、緊急時の対応手順を整理することなどを求めた。
2月16日11時57分にYAHOOニュース(共同通信)からは、手動操作ではなく自動停止していれば分岐部にさしかかる前に列車を停止できた可能性ありなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
・・・
報告書では、指令員が手動で非常停止の操作をするのではなく自動化していれば、脱線が発生した分岐部へ進入する前に列車を止められた可能性があるとした。
・・・
当時は手動で非常停止操作をしていたが、自動停止機能があればブレーキの作動が約2秒早まり、約40メートル手前で停車できたと試算。
事故後、都交通局は地震警報が作動すると自動で全列車の非常ブレーキがかかるようにした。
分岐部周辺にある走行路中央部のくぼみを埋める対応も取った。
https://news.yahoo.co.jp/articles/61a1060654ce8bca7673b31e079a3995bf0b9879
2021年10月8日6時57分にNHK NEWS WEBから、下記趣旨の記事が噴出する水の写真付きでネット配信されていた。
7日夜の地震のあと、千葉県市原市で川にかかる水管橋が破損して水が噴き出しましたが、管理する千葉県は8日朝、送水を止め、勢いは収まっていて、今後、復旧作業を行うことにしています。
昨夜の地震で震度4を観測した市原市では、養老川にかかる水管橋が破損して水が噴き出しました。
撮影された映像では、橋の近くにある水道用の橋とみられるところから水が勢いよく吹き出している様子がわかります。
周囲にはしぶきが広い範囲に飛び散っていて、橋の上では警察と消防が警戒にあたっていました。
県によりますと、この水管橋は千葉県が管理し、市原市内にある給水施設から浄水場に水を送っていますが、浄水場には別の給水施設からも送水が可能で、断水は起きていないということです。
千葉県は8日午前4時に破損した部分への送水を止め、現在、水の勢いは収まっていて、今後、復旧作業を行うことにしています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211008/k10013297531000.html??utm_int=news-new_contents_latest_001
10月8日12時2分にNHK千葉からは、当該水管橋は開通後41年で、地震前の点検では異常は確認されていなかったなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
7日夜の地震で震度4を観測した市原市では、養老川にかかる水管橋が破損して水が噴き出しました。
千葉県が8日午前4時に破損した水管橋への送水を止めると水がしたたり落ちる状態になり、勢いは収まりました。
県によりますと、市原市内にある浄水場には別の施設から送水を行い、これまでに断水は起きていないということです。
水管橋の全長はおよそ150メートルあり、水道管の接続部分から水が漏れているということで、県は復旧の方法を検討しています。
この水管橋は昭和55年の開通から41年が経過していて、7日、地震の前に行われた県の点検では、漏水などの異常は確認されていなかったということです。
近所に住む70代の男性は、「断水しなくてよかった。水が出たままだと怖いので早く修理してほしいです」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/chiba/20211008/1080016203.html
10月13日20時7分にNHK千葉からは、原因はボルトの腐食破損だったなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
千葉県が破損した原因を調べた結果、水道管の接続部分を固定する金属製のボルトが腐食していたことがわかりました。
この水管橋は昭和55年に設置されてから41年がたち、耐震補強工事で今回の震度4の揺れでは破損しない想定だったということで、県は、ボルトが経年劣化によって腐食していたため破損したとみられるとしています。
千葉県では、老朽化のおそれがある昭和60年よりも前に設置された他の水管橋を、より詳しく点検し、損傷や腐食などの異常があれば修理などの対策を行うことにしています。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/chiba/20211013/1080016262.html
※以下は10月13日付で千葉県から公表された報道資料。
(破断したボルト箇所の説明写真付き)
2 漏水箇所の状況
・水管橋や水道管そのものに損傷はなく、原因は水道管の
継手部の止水ゴムを固定するボルトが腐食しており、
地震により破断しました。
・10月9日(土)に漏水箇所のボルト交換を行い、修繕
を完了しました。
3 今後の対応
・同水管橋は、引き続き送水を停止し、他の継手部のボルト
交換を行います。
・同様の継手を使用している他の水管橋の状況を調査し、
修繕等の対策を講じます。
https://www.pref.chiba.lg.jp/suidou/kyuusui/oshirase/documents/20211013houdou.pdf
(ブログ者コメント)
場所は市原市大坪。
何度も自転車で通ったことがある橋だ。
翌8日は朝の6時ごろから報道ヘリの爆音が何回も聞こえていた。
そこで自転車で様子を見に行ったところ、報道2社と数人の野次馬が現場に来ていた。
水管橋の上では作業員1人が漏洩箇所を点検中。
以下は健全な場所の写真。
(千葉県の報道資料では、同じような写真で破断したボルトを説明している)
それにしても、先日の台風で飛んだトタン屋根といい、過去の大きな災害で無事だった設備が、忘れた頃に被害に遭う事例が市原市で相次いだ。
これも一種、昨日までの安全が明日の安全を保証するものではない、ということかもしれない。
(2021年11月27日 修正1;追記)
2021年11月26日19時34分にNHK千葉からは、他の6か所でもボルトを交換したなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
先月7日、東京と埼玉で震度5強の強い揺れを観測した地震では、千葉県市原市で震度4を観測し、市内を流れる養老川にかかる水管橋が破損して水が噴き出しました。
この水管橋は昭和55年に設置され、県が、送水を停止して原因を調べた結果、水道管の接続部分を固定する金属製のボルトが1か所、腐食し、漏水が起きていたことがわかりました。
また、ほかのボルトにも経年劣化によるさびなどが確認されたことから、あわせて6か所でボルトの交換を行ったということです。
そして、送水を停止した区間およそ14キロメートルの水道管の点検も行って、問題がないことが確認されたとして、県は、26日から送水を再開しました。
県によりますと、県内には、この水管橋のほかにも、昭和60年より前に設置され、老朽化が懸念される水管橋が55あるということで、県は今後、詳しく点検を行って、ボルトの腐食や損傷などがあれば修理を行うことにしています。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20211126/1000073049.html
2021年10月8日19時20分にYAHOOニュース(テレビ朝日)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
今回の地震は、水道管にも大きな被害を及ぼしました。
比較的、揺れが小さかった地域でも被害は確認されていて、取材を進めると、その原因が見えてきました。
7日の地震。
各地で見掛けられたシーンが…。
東京・世田谷区の住宅街。
道路の真ん中にあるマンホールから水が勢いよく噴き出しています。
厚生労働省によれば、漏水は東京、埼玉、千葉の26カ所で起きました。
埼玉県川口市。
地震が発生した後に水があふれ出しています。
現場の消防隊員によれば、水道管に亀裂が入った可能性があるといいますが、地震後の漏水には「別の原因」もありました。
都内で起きた23件は、いずれも空気弁などの不具合だったというのです。
そもそも、「空気弁」ってどんなものなのでしょうか。
東京・目黒区での漏水。
担当者は首まで水につかりながら水を止めました。
すると、中にはふたのようなものが。
水道局にこの画像を見てもらうと…。
東京都水道局給水部・磨田担当課長:
「そうですね、空気弁になります。間違いないです」
空気弁の構造はラムネのビー玉に似ています。
筒の上下に穴が開いていて、その間にボールがあります。
普段は下に落ちていて空気を逃がし、水があふれそうになると上に押し付けられて穴をふさぎます。
7日は、ここに地震で隙間ができたといいます。
東京都水道局給水部・磨田担当課長:
「ボールの弁が、本来あるべきところに収まらずにズレた状態で押し付けられてしまったという状態だと思われます」
漏水を止めるには、空気弁の根元にあるバルブをふさぎ、ボールに掛かる圧力を緩めます。
大きな地震の度に、こんなことが起きるのでしょうか。
東京都水道局給水部・磨田担当課長:
「現在は、構造を見直すということは考えていませんけれども、今後、事故を分析しながら、どうやって維持管理をしていくかと、今回の事故については(今後の)材料にしたい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/75debdfad421771e1078b503ebfbb055ffef6b87
2021年10月6日9時38分に産経新聞から、下記趣旨の記事が写真付きでネット配信されていた。
6日未明の地震で最大震度5強を観測した青森県階上町。
町役場に駆け付けた総務課の小笠原さん(50)は、自宅で就寝中だった。
「グラグラと強い横揺れを感じて跳び起きた。10秒ほどだったが長く感じ、立っているのも大変なくらいで怖かった」と振り返った。
県は午前4時すぎに災害情報連絡員会議を開き、ライフラインや道路、鉄道などの被害確認を急いだ。
会議後、危機管理局の坂本次長は、「全容はまだ分からないが、極端な被害はなさそうだ」と話し、引き続き情報収集に当たった。
震度4を観測した岩手県岩手町の国道4号では、信号機の支柱が折れて車線をふさいだため、一時通行止めに。
点灯したままの信号を横目に、警察官が交通整理に当たっていた。
https://www.sankei.com/article/20211006-34ZNY43PXFOLZEGRXJ32DA6UTU/
10月8日18時22分にNHK岩手からは、折れた信号柱は耐用年数の目安を5年過ぎていた、目安を過ぎた信号柱は県内に1000本以上あるなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
6日の地震で震度4を観測した岩手町では、信号機のコンクリート製の柱が折れて国道4号線の道路をふさぎ、一時、片側が通行できなくなる被害がありました。
現在は、仮設の信号機が設置されています。
警察によりますと、国は省令でコンクリート製の柱の耐用年数を42年を目安に定めていますが、今回の折れた柱は製造から47年が経過していて、目安を5年超過していたということです。
また、県内にあるコンクリート製の信号機の柱およそ3000本のうち1000本以上は、耐用年数の目安を超えているということです。
警察は、コンクリート製や鉄製のものなど県内すべての信号機の柱について、毎年1回は亀裂や腐敗がみられないか目視での点検を行っていますが、ことし7月の点検では、今回折れた柱に異常はなかったということです。
柱は、地面から3分の2ほどのところで折れていたということで、地震の揺れが影響したとみられますが、警察が今後、原因を詳しく調べることにしています。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/morioka/20211008/6040012259.html
2021年9月24日23時35分に読売新聞から下記趣旨の記事が、現場写真付きでネット配信されていた。
8月の記録的大雨の中、長崎県西海市で高齢者宅に向かった民生委員の女性が亡くなった事案を受け、厚生労働省は、避難情報が出された地域では見守り活動などを行わないよう、各自治体に注意喚起した。
災害が多発し、民生委員の防災面での役割は大きくなっているものの、過去の災害でも活動中に犠牲者が出ている。
全国組織も、身の安全を優先するよう改めて呼びかけた。
【連絡受け車で】
8月14日、九州北部は午前中を中心に激しい雨に見舞われ、気象庁は長崎県などに「大雨特別警報」を発表。
西海市は午前5時5分、一部地域を除いて避難情報を警戒レベル5の「緊急安全確保」に引き上げた。
「怖いから来てほしい」。
民生委員の田崎文子さん(70)は昼頃、一人暮らしの女性(73)から連絡を受け、車で女性方に向かったという。
県警西海署などによると、田崎さんが帰宅しないため、親族が女性方の周辺を捜索。
用水路付近で倒れている2人を発見し、死亡が確認された。
元看護師の田崎さんは、2019年12月に民生委員になった。
歩くのが困難な女性を普段から気にかけていたという。
「民生委員の仕事を全うしようとしたんだろう」。
田崎さんのあの日の行動を、親族の一人はそう推し量った。
【風雨の中、家を回るケースも】
各地域の民生委員は、日頃から、一人暮らしの高齢者らに対し、災害時の早めの避難などを呼びかけている。
市区町村は、そうした活動に役立ててもらうため、単独での避難が難しい要支援者の名簿を民生委員などに提供。
今年5月には、一人一人の避難方法を事前に決めておく個別避難計画の作成が市区町村の努力義務とされ、民生委員が作業に携わっている自治体もある。
全国民生委員児童委員連合会(東京)によると、11年の東日本大震災では、住民の避難誘導などにあたった56人が命を落とした。
連合会は災害時の安全確保に関する指針を策定し、「民生委員も地域で生活する住民の一人。多くの役割を担えるものではなく、担うべきでもない」としている。
ただ、その後も、地域住民の健康状態や家庭環境をよく知る民生委員が、風雨の中で避難を呼びかけるケースが相次いでいる。
民生委員を20年以上務める熊本県人吉市の中野さん(女性、72歳)は、昨年7月の九州豪雨で自らも被災。
市が避難指示を出した後、冠水した道路を行き来し、高齢者や体が不自由な住民の家を回った。
高齢者を公民館に連れていき、隣の平屋で暮らす住民を自宅の2階に避難させた。
地域のために奔走したが、「若い人のように素早く動けず、速く走ることもできない」と、体力の衰えも実感している。
「自分の命は自分で守らないといけない」と、危機感を口にした。
【できることに限度】
田崎さんが亡くなった後の8月中旬、厚労省は、避難情報が出ている地域で見守り活動が必要な場合は、民生委員が自ら対応するのではなく、状況を自治体に伝達することが重要との事務連絡を都道府県などに出した。
同連合会も同時に、自身や家族の安全を優先し、率先して避難するよう全国の地方組織に通知した。
ただ、西海市の担当者は、「自治体は災害時、避難所の対応などに追われ、住民一人一人の要請に応じるのは困難。消防や警察を頼ることにハードルの高さを感じ、民生委員を頼る住民もいるのではないか」と話す。
同連合会事務局の佐甲さん(男性、61歳)は、「民生委員にできることは限られている。防災を地域全体の課題として捉え、住民と行政が有事の対応を共有するなど、平時からの備えが大切」と指摘している。
【無報酬、なり手不足…高齢化が課題】
民生委員は厚生労働相から委嘱される非常勤の地方公務員(特別職)で、地域住民の生活実態を把握して相談に応じたり、助言したりしている。
無報酬のボランティアで、なり手不足や高齢化が課題となっている。
現在、活動している民生委員は全国で約23万人。
世帯数や地域の実情を踏まえて設定された定数を約1万人下回っている。
若い世代は日中働きに出たり、子育てをしたりしていて頼みにくいため、定年退職者や主婦への委嘱が多い。
高齢化率は約7割に上る。
全国民生委員児童委員連合会事務局は、「65歳を超えて働く人が増えていることに伴い、民生委員のさらなる高齢化も懸念される。働きながら活動できる環境整備が必要」と訴えている。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210924-OYT1T50247/
(ブログ者コメント)
以下は同種事例。
「2019年9月21日 那覇市で台風接近中の未明、新聞販売店に向かっていた女性配達員が路上で倒れ頭を打って死亡、沖縄の地方2紙は暴風警報時は配達しない協定を締結した (修正2)」
https://anzendaiichi.blog.shinobi.jp/Entry/10031/
2021年9月14日7時8分にNHK関西から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
山林に生い茂る雑草に土砂の流出を防ぐ効果があることが、滋賀県などの調査でわかり、適度に雑草をはやすことで土砂災害の防止につながる可能性があるのではないかと期待されています。
滋賀県の琵琶湖環境科学研究センターなどのグループは、平成27年から5年間、県内の山林の雑草の多いところと少ないところで、雨が降った際に流れ出す土砂の量を調査しました。
その結果、1平方キロメートルあたりの年間の土砂の流出量は、雑草が30%未満しかはえていない場所ではおよそ5000トンだったのに対し、雑草が60%以上はえている場所ではおよそ100トンで、雑草には土砂の流出量を最大で97%減少させる効果があったということです。
この効果は、72時間の雨量が400ミリに達する大雨でも確認できたということです。
琵琶湖環境科学研究センターの水野主任研究員は、「雑草がこれほどの役割をもっていたことに驚いた。適度に雑草をはやすことで、土砂災害の防止につながる可能性がある」と話しています。
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20210914/2000051274.html
2021年9月11日19時27分にNHK岩手から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
東日本大震災の発生から11日で10年半。
当時は、自治体庁舎にいた多くの職員も犠牲となりました。
全国の自治体のうち、津波で庁舎に浸水のおそれがある178の自治体をNHKが取材したところ、半数近くが職員を安全な場所に避難させる「退避ルール」を定めていないことがわかりました。
震災の教訓をどのように生かすか、課題となっています。
東日本大震災では、東北を中心に10の自治体の庁舎が津波で被災し、災害対応にあたっていた職員など、200人以上が犠牲になりました。
教訓が生かされているのか検証するため、NHKは先月、津波の浸水想定区域に庁舎がある全国178の自治体を対象に、高台など安全な場所に職員を避難させるルールを定めているか取材しました。
それによりますと、97の自治体がルールを定めている一方、半数近く、46パーセントにあたる81の自治体が「定めていない」と回答しました。
定めていない理由を尋ねると、19の自治体が「津波の想定よりも庁舎が高い建物で安全だ」と答えた一方、「基準や決め方が分からない」、「策定する余裕がない」と答えた自治体が合わせて36に上りました。
また、12の自治体が現在、策定中だということです。
職員を避難させる「退避ルール」について、国は自治体に対し、具体的な基準を示していません。
自治体の災害対応に詳しい兵庫県立大学大学院の紅谷昇平准教授は、「自治体の中には、住民の命を守ることを最優先にし、職員の安全対策が後回しになっているところがあると思う。リスクが高い自治体では『退避ルール』を早急に定めるべきで、国も明確な指針を示すべきだ」と話しています。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/morioka/20210911/6040012014.html
2021年8月22日6時3分にYAHOOニュース(FLASH)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
「2004年、東京・西品川で、腹付け型盛り土の擁壁が倒壊し、住宅が数棟崩れ落ちました。
前日からの小雨と、擁壁の下でのショベルカーによる工事の振動が原因と思われますが、擁壁そのものにはなんの作業もおこなわれていませんでした。
そもそも、擁壁の安全性に根本的な問題があったと考えられます」
(京都大学防災研究所の釜井教授)
ネットで「重ねるハザードマップ」を見れば、どこが大規模盛土造成地なのかは把握できる。
しかし、マップに未掲載の盛り土も多く存在する。
昭和20年以前に造成された “戦前もの” の盛り土がそれだ。
「西品川の崖崩れも、コンクリートと大谷石(おおやいし)が継ぎ足されていたことから考えて、おそらく古い盛り土だったのだろうと思います」
(同前)
阪神・淡路大震災や新潟県中越地震でも、盛り土が崩落して多くの被害が発生した。
このことから、国土交通省は全国の自治体に大規模盛土造成地の分布マップを作製し、公表することを要求。
2020年に、いちおうの完了を見た。
しかし、戦前に造成された盛り土は調査が進んでおらず、全国でも東京都や仙台市など、わずかな自治体が「調査を継続中」との断わりをつけ、HPにてひっそりと公開しているのみだ。
「昭和37年以降に造成された盛り土は排水管を通し、地中に地下水が溜まらないようにしていますが、それ以前の盛り土は、そもそも、排水管がないものが多いのです。
さらに、戦前の宅地造成には法規制はありませんでしたから、ある高級住宅地を造成した際の当時の写真を見ると、トロッコで土砂を運んできて、田んぼにドサッとかぶせていくような、現在から見れば杜撰な手法が取られていました」
(同前)
とはいえ、そうした “戦前もの” の盛り土が造られてから76年以上がたっており、その間に何も事故がなかったのであれば、もはや心配いらないのではないのか。
「その考えは甘いです。
戦前に造成された盛り土は、ほぼすべてが関東大震災以降のもので、大きな力が加わったことがありません。
それに、私が数年前、都内のある古い盛り土をボーリング調査したところ、地表面下2mのところまで地下水が迫っていました。
盛り土の中は地下水がタプタプに溜まっており、ちょっとしたきっかけが原因で崩れてしまう可能性は大きいと思いました」
次の地震や豪雨がきっかけで、忘れられた盛り土が崩れ始める――。
そんな場所で、我々は日々生活を送っているのだ。
(週刊FLASH 2021年8月31日号)
https://news.yahoo.co.jp/articles/da7c0e8dc63548cb9421eba858c59ab1f3d27775
2021年8月17日20時9分に朝日新聞から下記趣旨の記事が、土砂で埋まった道路の写真付きでネット配信されていた。
大雨の影響で、大津市高砂町の国道161号西大津バイパスの近江神宮ランプに大量の土砂が流入し、14日午後4時半ごろから通行止めが続いている。
山の斜面が崩落したためで、大津市と国土交通省は17日、崩落の起点付近にあった盛り土が原因とみられると発表した。
市によると、土砂の流入は14日午後3時ごろと午後4時ごろ、午後5時ごろの計3回起きた。
福井方面に向かうバイパスの乗り口と降り口などに約5千立方メートルの土砂が流入。
ランプに面する山肌が大きくえぐられており、約80メートルの高さから土砂が滑り下ったという。
崩落の起点付近の山林について、大津市の初田建設部次長は「周辺の樹木とは様子が明らかに異なっており、人工的に行われた盛り土の可能性がある」と指摘する。
市不法投棄対策課などによると、付近の山林では、大津市の測量設計会社が2012~14年、管理する残土処分場に建設現場から出た土砂など計約5800平方メートルを無許可で埋め立てていたことが発覚した。
会社と当時の社長は市条例違反の罪で14年に略式起訴され、罰金刑が確定している。
市は土砂の搬出命令を出し、会社は17年4月~18年7月に搬出したとされる。
市は近く、同社から事情を聴いて調べる。
https://www.asahi.com/articles/ASP8K6KSRP8KPTJB00C.html
8月17日21時21分に産経新聞からは、起点では森林が局所的になくなっているなど、下記趣旨の記事が崩落起点も写っている航空写真付きでネット配信されていた。
大津市高砂町の国道161号「西大津バイパス近江神宮ランプ」付近の森林で14日午後4時半ごろに土砂崩れが発生し、国土交通省近畿地方整備局と大津市は17日、起点となった土地の盛り土が原因の可能性があると発表した。
近江神宮ランプの福井県方面と周辺の市道が、発生直後から通行止めとなっている。
けが人はなかった。
土砂崩れは、起点となる土地で森林が局所的になくなっているのを写真で確認し、盛り土の可能性があると判断したという。
近畿地方整備局と大津市は、今回の土砂崩れに関し、調査を進める。
市は約5千立方メートルの土砂が崩落したと推定。
2014年7月施行の市条例は、盛り土など土砂を埋め立てる際は事前の届け出が必要と規定しており、市は土地の所有者の特定を進め、届け出の有無を調べている。
https://www.sankei.com/article/20210817-DDC7MHZVAJKDBJX2IELQASJBJE/
(ブログ者コメント)
熱海市の事故の記憶が、まだ生々しいところに、同じような土砂崩れがまた起きてしまった。
このところ、西日本では前線停滞の影響で大雨が降り続いており、その点も、熱海市の事例と同じだ。
全国、同じような危険場所が、まだまだありそうな気がする。
2021年7月27日11時30分に朝日新聞から下記趣旨の記事が、解析した地形図などの写真付きでネット配信されていた。
静岡県熱海市の大規模な土石流災害は、起点周辺にあった開発による「盛り土」が原因とされている。
この盛り土の存在をその日のうちに突き止め、翌日の県の発表につなげたのは、発生直後に集まった有志の専門家グループだった。
静岡県建設政策課の杉本直也さん(49)は3日午前10時50分ごろ、外出先で土石流発生のニュース速報を目にした。
前日から、伊豆半島では土砂災害による通行止めが発生していると伝えられていた。
土木技術職で採用され、過去にも土石流災害の対応を経験していた杉本さんは、「被害が広範囲に及ぶのでは」と感じた。
【発生5時間、有志チーム結成】
すぐに、以前から付き合いがあった土砂災害や地質、データ分析の専門家らに声をかけ、発生から5時間ほどたった3日午後3時半ごろ、フェイスブック上に産官学の専門家による有志グループ「静岡点群(てんぐん)サポートチーム」を立ち上げた。
杉本さんが直接連絡を取ったり、そのメンバーがさらに声をかけたりしながら広がり、最終的に16人が集まった。
とにかく被害の全体状況を把握しなければならない。
杉本さんら県担当者が考えたのは、チーム名にある現場付近の「点群データ」の活用だった。
杉本さんが所属するイノベーション推進班は、その点群データの活用を推進していた。
点群データは、道路や地形、建物などをレーザースキャナーで測量して得た3次元の点の集まり。
そこからコンピューターを使って物体の3Dモデルを作ることができる。
一本一本の電線や木々の枝まで再現可能だという。
南海トラフ地震での被害が想定される静岡県では、数年前から、この点群データの測量を空と地上からしていた。
今年度中には県内全域の測量がほぼ終わる見込みで、災害発生時には、発生前の地形データと比べることで、崩れた土砂の量を算出したり、現場の図面を作ったりすることができる。
早期に被害状況の分析ができ、復旧につなげられるとして、県は全国の自治体に先駆けて、2017年にこのデータを公表。
誰でもサイトからデータを取得して、自由に活用できるようにした。
仮想空間に実際の街や森、河川を再現するプロジェクト「VIRTUAL SHIZUOKA」(バーチャル静岡)を進め、自動運転用の地図や観光、ゲームなどでの活用も想定している。
チームのメンバーは、オンライン会議システムやチャットで連絡を取りながら、まずはドローンで上空から撮影した現場の映像やSNS上の画像などをもとに被災範囲を特定。
3日深夜までに、測量会社でデータ分析の経験があり、現地の地形・地質に詳しい技術者の鈴木雄介さんが、19年に県が測量したデータと09年に国土交通省が測量したデータの差から、土石流の起点付近に厚さ10メートルを越える盛り土があったことを解析。
翌朝までに、その土の量が約5万4千立方メートルに上ると計算した。
【時代の変化を痛感】
分析結果は、途中経過も含めて、現場に入っていた難波喬司副知事に逐一報告された。
県は4日、現場の調査結果と合わせて、土石流の最上流部にあった大量の盛り土がほぼすべて崩落し、流れたことで被害が拡大したと推定されるとの見解を示した。
行政の枠を超えた有志グループが結集し、被害状況を半日超で把握できたのはなぜか。
メンバーの一人で、建設コンサルタント会社「日本工営」で土砂災害が専門の田中義朗さんは、「災害直後の被害状況の調査・分析は、行政独自または建設コンサルタントに業務委託するのが一般的。各分野の有志でそれに取り組んだ今回の活動は画期的だった」と話し、「各メンバーがそれぞれの役割を認識していて、それがスピード感につながった」とみる。
同じくメンバーの一人で、3Dモデルの構築を担当したIT企業「シンメトリー・ディメンションズ・インク」の沼倉正吾CEOは、「自治体のオープンデータと、企業やSNSのデータを駆使し、災害時の初動で状況把握ができた最初の例になったのではないか」と振り返る。
点群データがオープンデータ化されていたこと、関係者の交流が以前からあったことなどを、チームがうまく機能した要因に挙げた。
国交省の元技官で、土木の専門家でもある難波副知事は、15日の会見で「時代が変わったなと痛感した」と述べ、今回のオープンデータの活用に言及した。
「昔のような自前主義や外注ではなく、データをオープンにしておくことで、日本中、世界中の人が解析をして、助けてくれる時代だ。我々が委員会を立ち上げて、人選を考えている間に解析は終わっているというぐらい早い。これほどまでにオープンデータが力を発揮するとは思っていなかった」
点群データは北海道や兵庫県でもオープンデータ化されており、ほかの自治体でも同様の動きが広がっている。
チームのメンバーで、斜面災害が専門の岐阜大学の沢田和秀教授は、「各メンバーがデータ分析にたけていたことに加え、県の担当者がチーム内にいたことで、従来であれば時間がかかりがちな行政側との情報共有を早く行うことができた」とみる。
ただ、有志の活動成果の発信は、その責任が及ぶ範囲が不明確になりがちだと指摘。
「災害時に行政と連携する専門家を事前に指定しておくなど、あらかじめその役割や責任をはっきりとさせる仕組みがあると、より良いのではないか」と話す。
https://digital.asahi.com/articles/ASP7R54ZQP7HULEI004.html?pn=7
(ブログ者コメント)
災害発生からさほど時間が経っていない時点で、副知事は盛り土の存在について、かなり詳しい情報を発信していたが、その理由について得心がいった。
2021年7月19日6時20分にYAHOOニュース(乗りものニュース)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
【大地震発生で石油タンクから出火】
1964(昭和39)年6月16日13時01分、新潟県下越沖を震源とするマグニチュード7.5の「新潟地震」が発生しました。
この影響で、ひと月前に完成したばかりの「昭和大橋」が落ち、近代的な県営アパートが横倒しになるなど、新潟県を中心に大きな被害に見舞われます。
加えて、この地震の直後、新潟市の日本海沿岸部にあった製油所で石油タンク5基(4万5000リットル2基、3万リットル3基)が一斉に火柱を上げます。
タンク内の「浮屋根」の金属シールと側壁が、地震の揺れでこすれて火花を生じ、原油に引火したことで起きた火災でした。
次々と噴き上がる黒煙は、余震によって機能不全を起こした新潟市の上空を覆います。
夜になると、さらに事態は悪化しました。
石油タンク近くの工場から別の火災が発生したのです。
さらに、炎上中のタンクが熱でこわれて油が流出。
火のついた石油は、液状化現象で湧いた地下水や津波の海水にのって燃え広がり、付近一帯は手のつけられない大火災となってしまいました。
油火災には専用の泡消火剤と化学消防車が必要不可欠です。
しかし当時の新潟市消防局に化学消防車は1台もなく、企業所有のものが3台だけ。
消火剤の備蓄もわずかでした。
これを知った東京消防庁は6月16日夕方、化学消防車5台と消防隊員36名を応援として出動させ、消火剤も緊急輸送することを決定します。
消火剤は東京と埼玉のメーカーで直接トラックに載せられ、パトカーの先導付きで新潟へ向かいました。
とはいえ、当時はまだ関越自動車道などなく(1985年全線開通)、一般道で約11時間以上もかかる大変な行程でした。
【泡消火剤を航空自衛隊で空輸せよ!】
しかし、応援が新潟に向かう間にも、火災がすさまじい勢いで広がっているとの情報が次々と入ります。
そこで東京消防庁では、航空機による消火剤の空輸を防衛庁(当時)に打診。
防衛庁は航空自衛隊の出動を決定します。
在日米空軍からも協力の申し出があったため、日米共同での空輸作戦を行うこととなりました。
地震発生の翌日、6月17日早朝、東京都下の在日米空軍立川基地(現在の陸上自衛隊立川駐屯地)に古めかしいプロペラ輸送機4機が集結します。
輸送機の名前はカーチスC-46「天馬」。
第2次世界大戦中にアメリカで大量生産され、戦後に航空自衛隊へ供与された、製造から20年過ぎた「老兵」です。
在日米空軍からはロッキードC-130輸送機1機が、アメリカ軍提供の消火剤を積んで参加しました。
集まったC-46とC-130の5機は、消火剤入りポリタンクと専用の噴射ノズルを積んで立川基地を離陸します。
新潟空港は施設が破損して離着陸不能であったため、あらかじめ消火剤にはパラシュートがくくり付けられており、それを空港上空で地上へ落とす「物量投下」を実施。
こうして新潟に届けられた消火剤は、さっそく火災現場に運ばれ延焼の阻止に使われました。
そして6月18日午前5時、10時間以上かけて新潟市まで到着した東京消防庁の指揮の下、体制を整えた消防隊による“火災への反撃”が開始されます。
誘爆するタンクや煮えたぎる石油と死闘をくり広げる消防隊を支援するため、消火剤の空輸は続行されました。
なお、18日から輸送機の出発地は、消火剤メーカーに近い埼玉県の航空自衛隊入間基地に移されています。
【ベテラン機 ドラム缶の炎を目標に夜間投下を敢行】
6月18日から19日にかけての深夜には、航空自衛隊のC-46輸送機7機とアメリカ空軍のC-130輸送機3機による夜間空中投下が敢行されました。
投下目標は、新潟空港の滑走路上。
そこには、夜間ということで、目印代わりに炎が焚かれたドラム缶が並べられていました。
ちなみに、C-46「天馬」は、レーダーなどなく、舵も重かったといわれているため、夜間低空飛行は非常に困難であったと想像されます。
空輸作戦は6月19日午後まで続けられ、延べC-46×22機、C-130×5機により、約8万7730リットルの消火剤の空中投下を達成します。
これら自衛隊とアメリカ軍による懸命の空輸、警察の協力、そして消防隊の奮闘により、20日午前8時、火災を制圧。
51時間に及ぶ消火作業は終わりを告げました。
新潟地震では大活躍した航空自衛隊のC-46でしたが、旧式で鈍重、事故も多かったことから、評判は決して高い航空機ではありませんでした。
しかし、のちに国産のYS-11輸送機(旅客機)や、同じく国産のC-1ジェット輸送機が配備されるまで、航空自衛隊唯一の大量輸送手段として、老体に鞭打ちながら、日本の空を飛び続けたのです。
黙々と任務に励んだアメリカ生まれの中古輸送機。
いまは、航空自衛隊浜松広報館(静岡県浜松市)を始めとして、航空自衛隊美保基地(鳥取県境港市)や同入間基地(埼玉県狭山市)、同岐阜基地(岐阜県各務原市)、所沢航空記念公園(埼玉県所沢市)などで見ることができます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ee16cb775ab6a70315c115af15f925a67315197a
2021年6月29日8時59分に読売新聞から、下記趣旨の記事がメモの写真や水位上昇グラフ付きでネット配信されていた。
昨年7月4日の九州豪雨で緊急放流が寸前で回避された熊本県営市房ダム(水上村)について、塚本・管理所長(50)が記していた当時のメモが残されていることが分かった。
予測を超える雨量で水位が増す中、放流をぎりぎりで実施せずにすんだ緊迫した様子などを伝えている。
県は今春、メモを永久保存に向けて「歴史公文書」に指定した。
市房ダムは、九州豪雨で氾濫した球磨川の上流にあり、総貯水量は4020万トン。
治水ダムで、発電などにも活用されている。
メモは塚本所長が雨の状況が変わっていくなか、事務所のパソコンを確認しながらダムの水位などを書き留めていった。
事前にダムの容量を確保する「予備放流」の実施を決めることになった3日昼頃から、緊急放流を中止した4日昼頃までの記載。
メモ紙4枚にペンで書かれ、水位上昇が始まった4日未明以降、殴り書きされている。
<やばい 280m超える>
7月4日午前4時頃、塚本所長が見つめたパソコンの画面には、ダムに流れ込む流量が同9時までの3時間で想定される最大値(毎秒1300トン)を50トン上回るとの予測がコンピューターで算出されていた。
緊急放流を実施する水位の目安(280・7メートル)に迫ることを意味していたのだ。
3日昼の段階では、流量のピークを毎秒約700トンと見込んでいたが、線状降水帯が停滞し、大幅に予測を上回った。
特別警報が発表されたのは午前4時50分。
バケツをひっくり返したような雨の状況を、<雨の降り方が異常>とつづった。
治水ダムは雨水を一時的にため、下流側の増水を抑えるのが役割。
ダムから水があふれると、大洪水につながりかねないため、水位が限界に近づくと緊急放流が必要だ。
ただ、緊急放流は下流に大規模な浸水被害を引き起こす危険があり、細心の注意が求められる。
水位上昇が続き、所長らが緊急放流を行わざるを得ないと判断したのは午前6時頃だった。
県河川課に連絡し、<防災操作の手続き→河川課 部長 決裁>とメモ。
30分後には、県が同8時半から緊急放流を行うことを発表した。
<2h後、8時30分開始 早めの避難行動へ!>という記述も。
だが、その後の予測で、同7時頃には、ダムでためられる最高水位となる「洪水時最高水位」(283メートル)を超えないことが判明。
<流入量大幅減 283m超えない>と書き留めた。
同7時半頃に、放流が1時間後に延期された。
8時頃には雨脚が弱まり、流量が減ると算出。
8時45分頃に放流は見合わせとなり、10時半頃に中止が決まった。
水位のピークは280・6メートルで、緊急放流の目安まで10センチ。
塚本所長は取材に、「流域住民に不安を与えないため回避したい一心だった。本庁と協議し、ぎりぎりまで見極めた」と振り返った。
【緊迫状況を記録、次世代の教訓に】
熊本県は豪雨後、塚本所長が書き留めていたメモの存在を把握。
緊迫した状況がわかり、歴史的に価値がある貴重な資料だと考え、4月1日付で「歴史公文書」に指定した。
歴史公文書は、災害などの教訓を生かそうと、知事が重要と判断した文書を指定する県の独自制度。
所長メモは保存期間が30年で、その後、永久保存される仕組みとなっている。
歴史公文書には、これまでハンセン病や水俣病、熊本地震などのテーマが指定されていた。
九州豪雨などが加わり、16テーマとなったが、個人のメモが指定されるのは珍しいという。
県は、「時間ごとの状況や県の意思決定を図った瞬間などが記録されていて重要。今後の災害対応に生かすことができる」と説明している。
【緊急放流】
「異常洪水時防災操作」と呼ばれる操作で、ダムへの流入量とほぼ同量の水を放流する。
2018年の西日本豪雨では6府県の8ダムで行われ、愛媛県を流れる肱(ひじ)川の野村、鹿野川両ダムの下流域で大規模な浸水被害が起きた。
市房ダムでは過去に3度行われた。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210629-OYT1T50092/
(ブログ者コメント)
市房ダムは事前放流していたため緊急放流せずに済んだという記事を過去に掲載スミ。
その関連情報として紹介する。
2021年6月28日20時17分に毎日新聞から下記趣旨の記事が、過去の被害写真や都道府県別の被害危惧ため池リスト付きでネット配信されていた。
すぐにでも防災工事を実施しないと大雨などで決壊し被害を及ぼす恐れのある「危険なため池」が全国に少なくとも5059カ所あることが、毎日新聞の都道府県アンケートで明らかになった。
農業用ため池の危険性は見過ごされがちだが、決壊による人的被害も相次いでいる。
本格的な大雨シーズンを前に、国内に約16万カ所ある身近な存在に潜むリスクを探った。
「農業用に普段から使っていた。まさか決壊するなんて誰も
想像していなかった」。
福岡・大分両県で死者・行方不明者42人が出た2017年7月5日の九州北部豪雨で山あいのため池が決壊し、3人が亡くなった福岡県朝倉市山田地区の元自治会長、久保山さん(男性、69歳)は振り返る。
線状降水帯による大雨で、集落の上部にある「山の神ため池」(貯水量約7万立方メートル)の上の斜面が崩れたのは5日の夜だった。
大量の流木が、ため池の排水設備をせき止め、堤防が耐えきれなくなり決壊。
濁流は、その下にあった別のため池の一部も壊し、ふもとの集落で3人が土砂にのみ込まれた。
豪雨で決壊するなどしたため池は、市内108カ所中、4割超の47カ所に上る。
1年後の18年7月に起きた西日本豪雨でも、広島県福山市の高台にある二つのため池が決壊、土石流がふもとの住宅を襲い、3歳女児が亡くなった。
九州大の矢野真一郎教授(河川工学)によると、犠牲者が出た福岡と広島のため池は、複数のため池が棚状に連なる「重ね池」だった。
連鎖的に決壊し被害が拡大する恐れがあるが、いずれも住民の間でリスクは周知されていなかった。
19年10月に東日本で死者100人以上が出た台風19号でも、宮城県白石市の「重ね池」が決壊し、約20戸が浸水した。
だが、一般に知られていないだけで、ため池の決壊は以前から各地で起きていた。
農林水産省によると、09~18年度に計9663カ所が被災し、被害額は計957億円。
このうち決壊は395件あり、原因は豪雨が98%、地震が2%だった。
人的被害が相次いだことで、国もようやく「危険なため池」の把握に乗り出した。
ため池の決壊で8人が犠牲になった東日本大震災後、仮に決壊すれば周辺に被害が出る恐れのある「防災重点ため池(現在は防災重点農業用ため池)」を約1万1000カ所選定。
しかし、女児が亡くなった広島県のため池が対象になっていなかったことから、18年に基準を見直し、今回のアンケートで、21年3月末時点で5万1205カ所に上ることが分かった。
19年7月には、ため池を巡る初めての管理法である「農業用ため池の管理・保全法」を制定。
所有者らに都道府県への届け出を義務化する制度を始めた。
国はさらに、都道府県に対し、今年3月末までに全ての防災重点農業用ため池について、ハザードマップを作製するよう求めた。
ただ、アンケートで判明した作製済みのため池は3万379カ所で、防災重点農業用ため池の59%にとどまる。
一方、国の防災白書(21年)によると、各種ハザードマップの市町村別の整備状況は、河川の洪水(98%)、津波(92%)、土砂災害(90%)。
国や自治体も、ため池防災に目を向けるようになったとはいえ、対策は緒に就いたところだ。
【築造時期、所有者不明…実態把握難しく】
ため池の災害対策が進まなかった背景には、築造時期が、古くは江戸時代以前にさかのぼるために、権利関係が複雑で、所有者すら不明のため池が多く、自治体が手を付けづらいという事情もある。
ため池は大きな河川や降水量に恵まれない瀬戸内地方を中心に西日本に多く、農林水産省によると、7割は江戸時代までに作られたか、築造時期が不明だ。
18年の同省の聞き取り調査では、約3割は所有者が不明だった。
19年制定の「農業用ため池の管理・保全法」で実態把握が進んだとはいえ、20年3月末時点でも、同法で届け出が必要になった防災重点ため池のうち、10府県の計1608カ所は所有者不明などで届け出がない。
届け出が必要ない、それ以外のため池になると、今も実態把握は難しいままだ。
今回のアンケートで、ため池防災で課題と思うことは何か、五つの選択肢(複数回答可)を挙げて聞いたところ、大阪府や岩手県など24府県が「ため池が古いため権利関係が複雑」と回答。
新潟県や和歌山県など12府県は、使われなくなったため池を廃止しようにも「所有者・管理者が不明で手間がかかる」と答えた。
国は同法で、所有者が不明の場合、市町村が管理者となることを認めたが、マンパワーや予算に限りがある自治体が全て管理するのは現実的ではない。
とはいえ、手をこまねいたまま被害が起きれば、当然、行政の責任が問われることになる。
西日本豪雨で亡くなった広島県福山市の女児の両親は今月7日、「ため池の安全管理を怠った」として、決壊したため池を管理していた市などに対し、5900万円の損害賠償を求めて提訴した。
九州大の小松利光名誉教授(河川工学)は、「ため池は、水害対策の中で後回しにされてきたが、近年は線状降水帯などで豪雨災害がひどくなっており、ため池の被害も顕在化してきた。国や自治体は対策を急ぐ必要がある」と指摘する。
【災害防ぐ取り組みも】
防災重点農業用ため池256カ所を抱える福岡市は、今年初めて、ため池の廃止工事に着手した。
城南区にある貯水量約1万9000立方メートルの農業用ため池は、水利組合の18人が長年管理してきたが、農家の減少と高齢化で、草刈りなど日常的な管理も困難になっていた。
かつては水田だった周囲には宅地が広がるが、ため池自体は木々に覆われた小高い丘にあり、存在を知らない住民もいる。
こうした事情も踏まえ、水利組合が市に廃止工事を要請していた。
組合の代表で兼業農家の中村さん(男性、68歳)は、「仲間だけでの管理は限界。決壊したら大変なことになる」と語る。
所有者や管理者がはっきりしているため池は、廃止するのが安全への近道だ。
だが、実際はそう容易ではない。
3人が犠牲になった福岡県朝倉市のため池は、農業用水としての利用は減少していたが、地域の防災用に使われていた。
住民らは豪雨後、廃止も検討したが、存続の声が多く断念。
市が壁面をコンクリートで補強する防災工事を実施し、今年6月、利用を再開した。
そうした中、各地で増えているのが、ため池管理の知識を持った外部の専門家が、ため池の管理者らの相談に乗ったり、現地調査や技術指導をしたりして災害を防ぐ、「ため池サポートセンター」だ。
農業用ため池が全国最多の兵庫県が16年に初めて開設。
アンケートでは、33道府県が開設済みか21年度中に開設予定と回答し、検討中も6県あった。
全国すべてのため池の位置や基本構造をデータベースに登録し、地震発生直後や豪雨のピーク前に、決壊が予測されるため池がある自治体に知らせる防災システムも、20年4月から全市町村に導入された。
農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が開発し、今月からは農家など自治体以外の管理者もスマートフォンで確認できるようになった。
同機構の担当者は、「災害に弱いため池を知ることで、日常の管理に生かしてほしい」と活用を促している。
https://mainichi.jp/articles/20210628/k00/00m/040/203000c
2021年5月5日14時0分にYAHOOニュース(ドライバーWeb)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
ここ最近も地震が頻発しているが、大地震が起きたときの道路上での対応は、「大規模地震対策特別措置法」や「災害対策基本法第76条」の6第3項に、災害時における車両の移動等として規定されている。
ここでは、駐車車両が緊急通行車両の通行を妨害し災害応急対策に支障が生じるおそれがある場合に必要な措置をとれることが明記されていて、移動のほか、大規模火災で駐車車両が延焼の要因となる場合には、やむをえない限度で破損が許される。
災害対策基本法では、その際に被った経済上の損失…例えばドアロック解除やサイドブレーキを外すために割ったガラスの修理代や車両の変形の修理代などを、国または地方自治外が補償しなければならないとしている。
津波や火災などで愛車を置いて避難しなければならないときは、駐車はなるべく道路外へ。
それが無理なら、左側に寄せてエンジンを止める。
キーは付けた(車内に置いた)ままとし、延焼防止のため、窓とドアはきっちり閉める。
ドアロックはしない。
盗難の心配もあるが、非常時には命を守る行動を優先すべきだ。
このとき、車検証は必ず持って避難したい。
盗難に遭った際に転売を防ぐことができ、クルマが津波などで流されて行方不明になっても、抹消登録が簡単にできる。
また、避難のため駐車したクルマを盗まれて事故を起こされたとしても、所有者の注意義務違反には当たらない。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f846d6ed79f0dcceea548294483871b61aead773
2021年4月25日7時0分に朝日新聞から、『「まさか」に備える住まい 激震に耐えるポイントは?』というタイトルで、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
日本列島は大きな地震に繰り返し見舞われてきた。
276人が亡くなった5年前の熊本地震では、激しい揺れで家屋が倒壊し、たくさんの人が下敷きになった。
命を守り、災害後も暮らし続けることができる住まいにするためには、どのようなことに気をつければいいのだろう。
住宅の耐震性は、どう判断すればいいのか。
目安となるのが、建てられた年代だ。
建築基準法の耐震基準は、大地震を経て改訂されてきた。
震度6程度の大地震で倒壊しないことが明確に定められたのが、1981年5月。
これ以前の基準を「旧耐震」、以降を「新耐震」と呼ぶ。
6434人が亡くなった95年の阪神大震災では、倒壊した建物のほとんどが旧耐震だった。
ただ、新耐震の基準を満たしていても、壁の配置が偏るなどしていると、被害が出た。
そこで2000年6月の改正で、壁の配置のバランスや、金物を使った接合部の固定も求められるようになった。
16年の熊本地震では、建てられた年代によって、被害に違いが出た。
激震に見舞われた益城町で木造の建物を調べた国土交通省の報告書によると、旧耐震の建物は、28%が倒壊していた。
一方、新耐震で倒壊したのは、00年5月までに建てられたもので9%、00年6月以降に建てられたもので2%だった。
旧耐震の建物は耐震診断を受け、耐震性が不足していれば耐震改修が必要だ。
京都大生存圏研究所の五十田(いそだ)博教授は、「新耐震でも、00年5月以前に建てられた住宅は、まず所有者が安全性をチェックして」と話す。
天井裏の接合部の金物、壁のひび、屋根の割れなどを調べて確認する方法が日本建築防災協会の「新耐震木造住宅検証法」にまとめられている。
協会のウェブサイトに一般向けの情報もある。
倒壊の恐れがあるなら専門家に相談することが大切だ。
建物の構造だけでなく、建材の劣化も耐震性を左右する。
高温多湿の日本では木材が傷みやすく、「水が入らないようにして、風通しをよくすることに注意する」と五十田さん。
換気口は塞がない。
水が染み込む外壁のひびや屋根瓦の割れは早めに補修することが重要だ。
耐震性に問題があれば、改修も一手だ。
バリアフリー化を進める工事や断熱性を高めるリフォームの際に、壁に筋かいを入れたり、接合部を補強したりといった工事をすれば費用を抑えられる。
ただ、耐震基準はあくまで大地震でも建物が倒壊しないという最低限の基準だ。
命は守れても、地震後も住み続けることまでは想定されていない。
被害をより小さくするために考えられたのが、住宅品質確保促進法に基づく新築住宅の「耐震等級」だ。
00年の基準に相当する耐震性が「等級1」、その1・25倍を「等級2」、1・5倍は「等級3」と定める。
耐震等級が上がれば、地震保険料が割り引かれるといったメリットがある。
壁を増やさなくても壁を強くする工事で、耐震性を2倍にすることも可能だ。
五十田さんは、「耐震補強をしていれば、激震地でも命は助かる。耐震性を2倍にしていたら、自宅にそのまま住み続けられる」と話す。
新型コロナウイルス感染症の流行で、人が集まる避難所を避け、安全な場合は自宅にとどまる「在宅避難」が注目されている。
住宅の耐震性を高めるほかにも、家具の固定や備蓄が重要だ。
【揺れの周期と建物被害】
地震ではガタガタという小刻みな揺れや、ユラユラとした大きな揺れなど、さまざまな揺れが起きる。
揺れが1往復する時間を「周期」と呼び、その長さによって被害を受けやすい建物が変わってくる。
・・・・・
【全国に活断層】
日本列島では、どこでも大きな地震への備えが必要になる。
プレートが沈み込む海溝付近では、巨大地震が繰り返されている。
内陸でも、活断層がずれ動いて起こるタイプの地震がたびたび起きている。
活断層は全国に約2千あるとされる。
国の地震調査研究推進本部は、このうち114の主要活断層帯について地震の発生確率などを公表してきた。
・・・・・
https://digital.asahi.com/articles/ASP4R449QP4KULZU00B.html?pn=11
同紙からは同日12時0分に『新耐震でも倒壊相次いだ熊本地震 住宅再建どう進んだ』というタイトルの関連記事もネット配信されていた。
・・・・・
「2階建ては地震が怖いから」。
町の中心部で平屋建ての家を再建した猿渡さん(72)は、こう話す。
震災前に住んでいたのは、1980年代後半に建てられた木造2階建ての住宅だ。
震度6強や7の揺れでも倒壊しない新耐震基準に沿って建てられたはずだった。
中古住宅を購入したため、建築時の様子やその過程はわからない。
「元々は田んぼだったと聞いている。瓦ぶきで台風には強いはずの家だったんだけど、大地震のことまでは考えていなかった」
2016年4月14日夜、震度7の揺れが襲った。
自宅は無事だったが、その約28時間後、再び震度7の地震が発生。
2階部分が1階を押しつぶすようにして全壊した。
最初の地震で何らかのダメージを受けていたのか、そもそも地盤に問題があったのか、倒壊の原因はわからないままだ。
近くに住む野口さん(69)も、震災前は2階建て住宅に住んでいた。
1990年に地元の工務店が建てたが、当時は「耐震基準」という言葉も知らず、気にすることもなかった。
「大地震に襲われるなんてさらさら思っていなかった。地震への備えというのはまったく頭になかった」と振り返る。
その自宅は5年前、2度目の震度7の揺れで全壊した。
家を支える柱同士をつなぐ「筋交い」をとめていた太い釘がいくつも抜けているのが見え、複数の柱も基礎から抜けていた。
同じ敷地内にあった母が住む平屋も全壊した。
工務店の社長から「わしの家もつぶれた」と聞き、問い詰めることもできなかった。
「年もとって、夫婦2人ならこれで十分」と、同じ場所に平屋を建ててから約3年が経つ。
再建時にまず考えたのは、「地震に強い家」。
大手ハウスメーカーに依頼し、盛り土だった土地の地盤工事もした。
野口さんは地震保険に加入していた。
東日本大震災の被害を報道で目にしたからだ。
自分が住む地域が被災地となり、「退職金も足したけど、保険に入っていなかったら家は建てられなかった」と振り返る。
・・・・・
工務店やリフォーム会社などでつくる「日本木造住宅耐震補強事業者協同組合」(木耐協、東京)は、「地震対策は家の耐震性を調べることから始まる」とし、専門家による「耐震診断」の必要性を強調する。
組合は先月、06年以降に手がけた耐震診断約2万8千件の詳細を分析。
1950~00年5月に着工された在来工法の木造2階、平屋建てが対象だ。
それによると、新耐震基準の81年6月~00年5月築のうち85・9%で現行基準を満たしておらず、「倒壊する可能性がある・高い」とされた。
00年に建築された住宅でも、今は築20年を超え、経年劣化による耐震性の低下の恐れもあるという。
組合は「この年代の住宅こそ、耐震リフォームが必要」とするが、耐震診断で補強工事の必要性がわかっても、自己負担額が予算を超え、補強工事をあきらめてしまうケースがあると指摘。
「行政には柔軟な補助制度を、事業者には年齢や予算に合わせた資金計画の提案力が求められる」と話している。
https://digital.asahi.com/articles/ASP4S7HCQP47UTIL036.html?pn=8
(ブログ者コメント)
熊本地震時に新耐震基準で建てられた住宅が倒壊した状況は、本ブログでも過去に何件か情報提供している。
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。