2022年2月13日9時15分に新潟日報から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
11日午後11時50分ごろ、村上市長政(ながまさ)の三幸製菓荒川工場で火災を検知したと、警備会社から110番通報があった。
村上署によると、工場内で5人が死亡し、安否不明の社員もいる。
12日午前11時すぎに鎮火したが、製造ラインのある1棟を全焼。
同署は、火はこの棟の中央付近から燃え広がったとみて、詳しい状況や出火原因を調べている。
県警は業務上過失致死傷などの疑いも視野に、捜査を進めるとみられる。
消防によると、荒川工場では過去に8件の火災が起きている。
身元が特定されたのは4人で、村上市長政の71歳女性、胎内市下館(しもたて)の68歳女性、同市東牧(とうぼく)の73歳女性、同市土作(つちづくり)の70歳女性。
救急隊が駆け付けた際、4人は棟の東側付近の一角に倒れていた。
重度のやけどは確認されず、鼻や口の内側にすすが付着していた。
もう1人の遺体は棟の南側付近で発見され、身元や性別などは不明。
安否が確認できていないのは製造担当の20代男性社員2人で、ほかに50代女性社員が煙を吸って病院に搬送されたが、意識はあるという。
出火したのは複数ある棟のうち、最も南側にある棟。
この棟は製造ラインが11日午後11時ごろまで稼働しており、出火当時は三十数人が働いていた。
棟には搬入用のシャッターや、複数の出入り口があるという。
亡くなった人の親族の一人は、「避難を誘導していた男性の行方が分かっていないと聞いた」と語った。
荒川工場でアルバイトをしている女性によると、「煎餅を焼く場所から燃えかすが転がったという話が出ている」としており、県警は工場の責任者らの聞き取りを進めている。
三幸製菓のホームページによると、荒川工場の敷地面積は約7万7800平方メートル。
JR羽越線の平木田駅から北東に約1キロの、複数の工場が隣接する地域にある。
◆荒川工場 過去火災8件
三幸製菓の関連工場では、過去にも火災が頻発している。
今回現場となった荒川工場では、過去に8件発生。
新潟市北区にある別の工場でも過去3年間に、警察発表があった火災だけで2件起きていた。
消防によると、いずれもけが人はいなかったが、出火原因は、多くが米菓の生産過程で出たかすが炭化しての発火だった。
荒川工場は1982年に最初の棟が稼働後、88年〜2019年に部分焼4回、ぼや4回を起こしている。
消防に残る19年11月の火災の報告書によると、煎餅を乾燥させる乾燥機内と焼き窯に堆積した煎餅くずがガスバーナーの放射熱で炭化して発火したのが原因という。
同じ敷地内の別の棟での火災だった。
新潟市北区新崎2にある工場でも、19年7月と20年5月に火災があり、米菓を焼く製造ラインや乾燥機の付近から出火していた。
村上市消防本部は荒川工場を対象に2年に1度、立ち入り検査を実施。
直近の20年9月の検査では、避難誘導灯や自動火災報知器の一部作動不良などの不備があったが、工場側からは改修したとの報告書が提出されていたという。
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/25785
2月12日19時18分にNHK NEWS WEBからは、焼き網にカスが落ちたらしい、死亡した4人はアルバイト従業員だった、火事が起きた時間は工場全体の休憩時間帯だった、去年は2回避難訓練していたなど下記趣旨の記事が、4人と1人が倒れていた場所の写真解説図付きでネット配信されていた。
火災当時、清掃作業のため工場にいたという女性は当時の状況について、「製品を焼く網目があって、そこにカスか何かが落ちて、火がついたような話だった」と話していました。
死亡した5人のうち、身元のわかっている60代から70代の4人の女性はアルバイトの従業員で、工場で清掃作業を担当し、夜、出勤して翌朝まで働く夜勤だったということです。
また、連絡が取れなくなっている20代の男性2人と煙を吸って病院に運ばれた女性1人は、製造工程を担当していたということです。
警察によりますと、火が出たのは、荒川工場に複数ある棟のうち、いちばん南側の棟で、会社内では「F棟」と呼ばれています。
ここには製品の生地をこねたり焼いたりする機械が置かれていて、24時間態勢で製品を作っています。
この建物には製品を出荷するトラックが出入りできるよう、シャッターが設置されているほか、複数の出入り口があったとみられています。
消防によりますと、亡くなった女性4人は、いずれも焼けた棟の北側にある玄関を入ってドア一枚を隔てたスペースで重なり合うように倒れているのが見つかったということです。
一方、身元の分かっていない1人の遺体は建物の南側で発見されたということです。
会社によりますと、火事が起きた時間帯は、火が出た棟を含め、工場全体がおよそ1時間の休憩時間だったということです。
また、この工場では去年6月と9月の少なくとも2回、従業員が参加する避難訓練を行っていたということです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220212/k10013480181000.html
2月12日21時32分に読売新聞からは、清掃担当のアルバイトは約30人おり複数のチームを組んでいたなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
村上市消防本部によると、同工場では1982年の操業開始以降、米菓を焼いたり乾燥させたりする過程で生じたかすが燃えるなど、軽微な火災が8件起きている。
関係者によると、清掃担当のアルバイトは約30人おり、製造ラインを止め、複数のチームで機械を清掃しているという。
同社によると、荒川工場には商品の製造ラインごとに七つの建物がある。
出火したのは敷地の一番南側の建物で、せんべいやあられの生地を練ったり、焼いたりする工程がある。
同社は本社が新潟市北区にあり、「雪の宿」や「ぱりんこ」などの米菓で知られる。
民間信用調査会社・東京商工リサーチによると、2020年3月期の売上高は約567億円。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20220212-OYT1T50250/
2月13日11時51分にNHK首都圏からは、4人は生産工程の担当者が休憩している時間帯に生産ラインを清掃していたなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
女性4人は工場の清掃を担当していて、火事が起きた当日は夜勤だったとみられます。
会社によりますと夜勤は会社内で「遅番」と呼ばれ、午後9時20分から翌朝の5時半まで勤務することになっています。
火事が起きた棟では午後11時半ごろまで生産したあと、そこから50分間、生産工程の担当者が休憩に入る計画でした。
ふだんはこの休憩の時間帯に6人から7人ほどの清掃担当者が生産工程の清掃を行っているということです。
今回、火事が起きたのも、この休憩と清掃の時間帯だったということです。
亡くなった伊藤さんの親族によりますと、伊藤さんはせんべいの生産ラインを清掃する仕事を担当していたということです。
具体的には、せんべいの生産が終わったあと、ラインに残った砂糖やしょうゆの残りかすをクリーニングする仕事で、火事が起きた日は、午後9時ごろからの勤務だったということです。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20220213/1000076603.html
2月13日19時56分に毎日新聞からは、該社の過去の工場火災事例が下記趣旨でネット配信されていた。
三幸製菓を巡る過去の工場火災
◆2020年 5月
新潟市北区の新崎第3工場から出火し、2階にあったせんべい乾燥機の上部などが焼ける。
火元は乾燥機付近の配管とみられ、電気系統がショートした可能性
◆2019年11月
村上市長政の荒川工場から出火し、1階天井の一部などが焼ける。
火元は乾燥機とみられる
◆2019年 7月
新崎第2工場の1階部分の一部が焼ける。
約25人の従業員がいたが、避難して無事。
火元はせんべいを焼くベルトコンベヤー付近で、せんべいを焼き上げる工程で植物性油脂に引火したとみられる
◆2011年 7月
新崎の工場でベルトコンベヤーの一部が焼ける
◆2006年 5月
第1工場2階から出火し、ベルトコンベヤーが焼ける。
従業員3人が軽傷。
焼きすぎた菓子から燃え移ったとみられる
https://mainichi.jp/articles/20220213/k00/00m/040/133000c
2月13日22時8分に朝日新聞からは、4人は防火シャッターの手前で倒れていた、出火直後に火報が鳴り、まもなく電気が消えたなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
4人がいずれも、建物の出入り口の内側で閉じた防火シャッターの手前で倒れていたことが県警や消防への取材でわかった。
県警は、4人が暗い中で避難路を探していた最中に、煙に巻かれた可能性があるとみて調べている。
4人は12日午前1時20分ごろ、建物北側の出入り口近くで、2人ずつ重なるように倒れた状態で救急隊員に発見された。
出入り口内側の防火シャッターは、閉じた状態だった。
一方、通報の6分後に消防隊員が工場に到着した際に、建物はすでに停電していた。
火災後の消防の調査に対し、出火当時、現場にいた従業員は「(出火直後に)火災警報が鳴り、まもなく電気が消えた」と話したという。
https://www.asahi.com/articles/ASQ2F76RLQ2FUOHB007.html
2月14日19時51分に毎日新聞からは、女性4人は防火シャッター付近で倒れていた、炭化した菓子のカスから出火したとの話もあるなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
女性4人はいずれも、火災があった建物の東側出入り口の手前にある防火シャッター付近に倒れていたことが判明した。
県警や消防によると、4人を発見した時にはシャッターは閉まった状態だった。
そばには迂回(うかい)扉があったが、建物内部は火災で煙が充満していたうえ停電も発生しており、4人は避難ルートを見つけられずに逃げ遅れた可能性がある。
身元不明の2遺体は建物南西側のボイラー室付近で発見され、全身が焼けた状態だった。
火災を巡っては、一部の従業員が消防に対し「炭化した菓子のかすから出火した」と話しているという。
https://mainichi.jp/articles/20220214/k00/00m/040/260000c
2月16日4時23分に毎日新聞からは、隣のE棟は通路のほとんどが台車1台が通れるほどの狭さだったなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
同社は14日、同工場の従業員を対象にした説明を行った。
・・・
出火当時、隣の「E棟」にいたアルバイト従業員の男性(55)は「閉まりかかった防火シャッターの下半分からF棟の中が見えた。火の海で真っ赤だった」と話す。
この男性によると、E棟で煎餅の味付け機や床の清掃をしていると突然、火災報知機が鳴りビニールが溶けたような匂いがした。
直後に停電も発生。
建物内は多数の機械があるため、通路のほとんどが台車1台が通れるほどの狭さで、暗闇の中で身動きがとれなくなったという。
男性は「『ここだ、こっちから出られる』という声を頼りに手探りで出口にたどり着いた」と、緊迫した状況を振り返った。
従業員の30代女性は「巻き込まれた人たちを思うと心苦しい。(会社側は)最近、防災訓練や避難放送などで安全管理に力を入れているようだったが、火災が起きてしまい、とても残念だ」と話した。
村上市消防本部によると、荒川工場では1988年7月~2019年11月、8件の火災が確認されている。
部分焼が4件、ぼやが4件で、けが人はいなかったという。
2019年11月の火災は「E棟」で発生。
煎餅の乾燥機と焼き窯の上部に堆積(たいせき)した菓子くずがガスバーナーの輻射熱(ふくしゃねつ)で炭化。発火点に達して焼けたことが原因だった。
過去の8件は今回火災が起きた「F棟」とは別の建物で発生し、ほとんどが煎餅の生産工程で生地を乾燥させる機械に堆積(たいせき)した菓子くずから発火したとみられる。
https://mainichi.jp/articles/20220215/k00/00m/040/018000c
2月16日14時16分に読売新聞からは、該社は2019年の部分焼事故を受け防火対策の強化に乗り出していた、一昨年に消防から避難誘導灯作動不良を指摘されたが対応したかどうかは不明など、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
同社は19年にあった火災を受け、スプリンクラーを整備するなど防火対策の強化に乗り出していた。
マニュアルに基づく避難訓練も年2回実施していたという。
一方、消防が20年9月に実施した立ち入り検査では、火災が起きた建物で
〈1〉消火器の設置場所不良
〈2〉自動火災報知設備の作動不良
〈3〉避難誘導灯の作動不良
など6項目で不備が見つかった。
同社が約1か月後に提出した改修計画書では、消火器や火災報知設備などに関する4項目は改修・交換済み、屋外消火栓設備に関する1項目は改善予定とされていたが、誘導灯の対応に関する記載はなかったという。
その後、誘導灯が改善されたかについて、村上市消防本部は取材に対し、「現時点でわからない」と説明。
同社は「きちんと設置されていたと認識しているが、出火当時、機能していたかは調査中」としている。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20220216-OYT1T50163/
2月16日20時11分にNHK新潟からは、避難訓練は日中に行われていたので夜勤アルバイトの中には参加できない人もいたなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
会社によりますと、この工場を含むすべての工場で、毎年2回ほど避難訓練を行っていますが、訓練は通常、日中に行われ、夜勤のアルバイト従業員の中には参加できていない人がいたということです。
亡くなった女性従業員4人も、去年9月の避難訓練に参加していませんでした。
また会社は、火事のあと県内に3つあるすべての工場で生産を停止していますが、安全の確認が取れるまで、全工場での生産をおおむね3か月間、停止すると新たに発表しました。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20220216/1030020166.html
(2022年3月15日 修正1 ;追記)
2022年3月14日17時34分にNHK新潟からは、亡くなった4名は深夜従業員で避難訓練には参加できていなかったなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
会社はこれまで記者会見を開いておらず、今月11日の夜、報道各社の質問に書面で回答しました。
その中で、工場で行われていた避難訓練について「今回の火災で亡くなった深夜従業員の4名の方については、避難訓練を実施できていませんでした。勤務時間帯が避難訓練の時間に合わない一部の従業員は参加できておらず、会社としてもフォローができていなかったからです。必ず改善が必要な事項であると考えています」としています。
また、工場の安全管理体制のマニュアルはあったのかという質問に対し、「マニュアルはあります。火災時の自衛消防隊の編成表や通報連絡体制などがこれに該当し、それに沿って対応します。今回の火災については、発見の時点で火の回りが早く、初期消火活動はできなかった」と説明しています。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20220314/1030020488.html
3月14日19時12分にYAHOOニュース(新潟総合テレビ)からは、夜勤を対象にした訓練は実施されていなかったなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
書面回答では、避難訓練について、年に最低2回行っていたものの、夜勤を対象にした訓練は実施しておらず、死亡したアルバイト従業員の4人も参加していなかったことを明らかにした。
https://news.yahoo.co.jp/articles/92a9eeb31d63ec4d3be826445dc429435a2111fc
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。