2019年10月31日13時13分に朝日新聞から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
沖縄県警によると、31日午前2時50分ごろ、那覇市の首里城で「正殿で火災が起きている。黒煙が上がっている」と消防から110番通報があった。
那覇署によると、首里城の正殿、北殿、南殿が全焼。正殿前にある御庭(うなー)に入る入り口の「奉神門(ほうしんもん)」や、南殿に隣接する「書院」にも燃え広がった。
那覇署や市消防局によると、火災は出火から11時間近く経った午後1時半に鎮火した。
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火災に気づいたのは、首里城の警備員。
警備システムのセンサーで熱反応があり、確認したところすでに正殿から火の手が上がっていたという。
正殿には31日未明まで、開催中の「首里城祭」の関係者が作業をしていたという。
出火当時は帰宅しており、出火原因との関係はわかっていない
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首里城の正殿は強い日差しや風雨で劣化が進み、昨年、2年3カ月かけて漆の塗り直し作業が完了したばかりだった。
全面塗り直しは、92年の開園以来初めてのこと。
首里城公園によると、塗られていたのは天然の漆で、正殿はいわば「漆工芸の作品」。
https://digital.asahi.com/articles/ASMB01BRBMBZTIPE03N.html?pn=5
11月1日付で毎日新聞東京版からは、法的規制外につきスプリンクラーは設置されていなかったなど、同趣旨の記事がネット配信されていた。
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消防局によると、正殿にある警備会社のセンサーが作動したのは午前2時34分。
常駐する警備員3人のうち1人が駆けつけると、既に内部に煙が充満しており、消火器による消火を試みたが手遅れだった。
正殿の近くで直前の午前1時半ごろまで、イベント会社が機材の設営作業をしていたが、出火当時は無人だったとみられる。
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首里城火災で焼損した七つの復元建物は消火設備の設置が義務づけられる重要文化財ではなく、劇場やホテルなどとも違うため消防法の規制からも外れていた。
防火対策の網から漏れていたことになり、焼け落ちた正殿は木造建築にもかかわらずスプリンクラーが設置されていなかった。
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文化財そのものの防火対策を巡っては、1949年に奈良・法隆寺金堂で壁画焼損した火災を教訓に制定された文化財保護法が厳しく規制している。
55年には「文化財防火デー」も定められ、毎年1月26日に全国の寺社で防火訓練が実施されるようになった。
しかし、今年4月のパリ・ノートルダム大聖堂の火災後に文化庁が調査した結果、世界遺産や国宝に指定されている建造物799棟のうち約2割に老朽化による消火設備の機能低下の恐れがあることが判明。
夜間の緊急対応などの課題も指摘され、文化庁は今年9月に防火対策ガイドラインを取りまとめたばかりだ。
そんな中で発生した首里城火災。
事態を重くみた文化庁は31日、全国の自治体に通知を出し、指定文化財だけでなく、首里城のように史跡に設置されている復元建物の防火管理の点検や確認も求めた。
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https://mainichi.jp/articles/20191101/ddm/002/040/093000c
10月31日15時22分に朝日新聞からは、漆塗りだったことで一気に燃え広がった可能性あり、消防が消火活動したが放射熱で引き返したなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
市消防局は31日、正殿が木造の漆塗りであったことが燃焼速度を速めた要因になった可能性があるとの見方を示した。
当時、北から風速2~3メートルの風があって一気に北殿や南殿などに延焼したという。
市消防局によると、正殿内で火災が発生。
漆塗りの木は燃え出すと消えにくく、燃焼速度が速まった可能性があるという。
さらに、建物が燃えると発生する放射熱により、北殿と南殿の木造部分が熱せられて燃え始め、燃え広がった、と消防はみている。
消防隊は、正殿前の御庭(うなー)に入って活動していたが、放射熱による二次被害を防ぐために引き返したという。
https://www.asahi.com/articles/ASMB04TCTMB0TPOB01C.html
11月1日9時9分に沖縄タイムスからは、赤い塗料に桐油を使っていたため火の回りが早かったのかも、正殿の火報は空気の熱膨張を感知するタイプだったので反応が遅かったなど、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
木造で、赤い塗装に沖縄独特の「桐(とう)油(ゆ)」を使っていることが火の勢いを早めた可能性がある。
正殿は深みのある赤色が特徴的。
文化財の保存・修理を手掛ける「文化財建造物保存技術協会」(東京)の元九州事務所長で石垣市出身の屋部さん(男性、76歳)=福岡市=によると、桐油(アブラギリの種から採る油)に顔料を混ぜた塗料が使われている。
屋部さん自身も守礼門の工事で使った。
屋部さんは「本土の古い建造物は漆塗りだが、桐油を使うのは沖縄特有。あっという間に焼け広がったのは、この油も原因の一つだろう」と指摘する。
塗装下地の一部には漆も使われている。
那覇市消防局の島袋局長は「漆を塗った建物はいったん燃え出すと簡単に消せない」と、火の勢いが持続した要因に挙げた。
同時に「輻射熱がすごかった。正殿の表で放水していた隊員も二次災害の防止のため後ろに引かせた」と報道陣に説明した。
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復元工事を手掛けた国の国営沖縄記念公園事務所の記録によると、正殿にはホースを引き出して放水する「屋内消火栓」があった。
建築防火工学が専門の東京理科大の大宮教授は「内部で火災が大きくなった場合は人が入れずに使えなくなる」と説明する。
また、正殿の火災報知機には空気の熱膨張を感知する「空気管」方式が採用されていた。
目立たない代わりに反応が遅く、大宮教授は「景観に配慮したのではないか」とみる。
建物外部には水のカーテンを作って他の建物への延焼を防ぐ「ドレンチャー」があったが、結果として南殿や北殿にも火が回った。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/491971
10月31日21時39分に読売新聞からは、城壁で阻まれ消防車が近づけなかったなど下記趣旨の記事が、消失建物の地図付きでネット配信されていた。
高台にある首里城は城壁に囲まれ、火元とみられる正殿まで消防車両が近づくことはできなかった。
消防隊員はホースを100~200メートルほどつないで消火にあたった。
火災に気づいた警備員が消火器を持ち出したが、火の勢いが強くて使えず、屋内外にあった消火栓も使用することはできなかったという。
正殿にはほかに、他の建物からの延焼を防ぐため、外壁に沿ってカーテン状に水を噴出する「ドレンチャー」が設置されていたが、今回の火元は正殿内部とみられ、市消防局は「本来の効果を発揮できなかった可能性が高い」とする。
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https://www.yomiuri.co.jp/national/20191031-OYT1T50240/
11月1日6時10分に沖縄タイムスからは、消火活動の困難さに関するやや詳しい記事が、下記趣旨でネット配信されていた。
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那覇市消防局は他の自治体にも応援を要請して車両53台、消防団を含め171人で対応した。
木造の正殿が激しく燃えたため、正殿前の御庭は遠赤外線の熱線によって直接伝わる「輻射熱(ふくしゃねつ)」が充満し、放水していた消防隊員らは一時退避。
現場に近づくことすら困難だった。
猛烈な勢いで噴き出す炎に、駆け付けた消防士はなすすべなく、正殿内部での放水を断念。
正殿内の消火設備や屋外の放水銃には熱で近づけない。
高低差のある城の構造も消火を阻んだ。
消火水槽から消火用ホースを引っ張る際も城壁が文字通り「壁」となり、迂回(うかい)せざるを得なかった。
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https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/491937
(2/3へ続く)
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。