







2024年8月13日10時2分にYAHOOニュース(共同通信)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
「機体の残骸撤去のための重機が富山から届くらしい」。
衝突した日本航空の旅客機と海上保安庁機の破片が散乱していた羽田空港(東京)の駐機エリアで今年1月、航空機の誘導などを地上で支援するスタッフの間でこんな情報が駆け巡った。
日航からの「救援要請」に応じたのは、日本で数少ない資格と技術を持つ中小企業だった。
リサイクル業の社長が航空機解体を巡るあまり知られていない裏話を打ち明けた。
■焦げ臭い現場、救援要請を受けたのは…
事故は今年1月2日午後5時47分ごろに発生し、海保機の乗員6人のうち5人が死亡し、残る機長も自力で脱出したものの重傷を負った。
海保機は石川県・能登半島地震の被災者支援のために水や食料などの物資を積んで新潟航空基地へ向かおうとしていた。
焦げ臭いにおいが漂う中で、事故が起きたC滑走路が使えなくなった空港は混雑し、混乱が続いていた。
そんな合間に流れた「重機が富山から届く」との報告に、駐機エリアのスタッフは戸惑った。
スタッフからは、「重機は既に成田空港から持って来ているはず」、「1日4便しかない小さな富山空港から何を持ってくるんだ」などと、いぶかしむ声も上がったという。
年始の休みを返上してC滑走路の早期再開に動いたのは、富山県でリサイクル業を手がける豊富産業グループだった。
日航が事故翌日の1月3日朝に事故機の解体への救援を要請し、豊富産業グループの高倉社長(70)は千葉県に住む東京支店長に連絡を取ってトラックや重機を手配した。
ベテランの重機オペレーターら十数人の社員を富山県から派遣し、羽田空港に到着したのは1月4日朝のことだった。
■「全く心配はなかった」
すぐに解体手順の打ち合わせを始めた社員らに対し、既に現場に入っていた警視庁や事故調査委員会の関係者は「これだけの人数で解体できるんですか」と疑問の声を上げた。
だが、自信を持っていた高倉社長は、「(航空機の)どこをどう切ればいいのか経験値があったから、全く心配はなかった。むしろ人手は多ければいいというものでもない」と振り返る。
1月5日に具体的な作業に入った。
ただ、事故の調査も同時に進む中でフライトレコーダー(飛行記録装置)の捜索が難航し、切断や分別作業の中断も頻繁に起きた。
混雑が見込まれる3連休の最終日の1月8日に、滑走路の再開にこぎ着けた。
「機体はアルミ合金よりも柔らかい炭素繊維が多用されていて切り込みやすく、作業としては難しくなかった」と話す。
国土交通省から3月28日に、日航から7月12日にそれぞれ感謝状を贈られた。
■「飛行機の墓場」にもったいない〝塊〟
豊富産業グループは、米国に本部がある「航空機リサイクル協会(AFRA)」に加盟し、解体と分別を認められている。
航空機の解体は、重機があれば誰もができるというわけではない。
航空機メーカーや航空会社の信頼を勝ち取り、解体した部品の売り先を見つけるところまで整える必要があるという。
高倉社長が航空機の解体ビジネスに関心を持ったのは十数年前、役目を終えた大量の飛行機がアメリカの砂漠に整然と並ぶ「飛行機の墓場」を雑誌や映画で見たことだった。
「単純な発想だった。アルミの塊〟が大量に捨ててあって『もったないよね』って。いろいろ調べたら、エンジンとランディングギア(降着装置)以外は二束三文。俺たちならリサイクルできるし、収益を上げられる」と映った。
■ジャンボ機でも1機5億円
高倉社長は、「航空機の解体ビジネスは部品の販売が全てだ」と打ち明ける。
機体前方が2階建てになった大型の機体が特徴的で、大量輸送で日本人の海外旅行を身近にしたジャンボ機(ボーイング747)の場合、退役した1機の調達価格は5億円だという。
ジャンボ機の生産を終える前の最終型747―8型は、2022年時点の1機当たりのカタログ価格が4億1840万ドル(約640億円)だった。
退役後の機体は、四つ備えたジェットエンジンが一つ当たり1億円で計4億円。
ランディングギア(降着装置)も1億円が相場感という。
それ以外の胴体や座席、金属などの装備品は、リサイクルされずに捨てられるか、解体されずに放置されるかし、ほとんど利益を生まないと考えられているという。
■捉えた参入余地、格納庫で「極秘」に始動
それでも、高倉社長は「航空機のリサイクル業者は世界中にたくさんあるわけではないので、そこには参入の余地があるはずだ」と目を付けた。
豊富産業グループが初めて航空機の解体を手がけたのは2022年5月。
これは国内初の大型商用機の解体プロジェクトでもあった。
それまでは、日本の航空会社は航空機を解体する前に同業他社に中古機として転売するか、ヨーロッパやアメリカの企業に解体や売却を依頼するしか、ほぼ選択肢がなかった。
最初に解体した機体は日航の大型機ボーイング777―300型で、全長74メートル、全幅約61メートル、座席数500だった。
部品はエンジンを含めて約300万点を使ったとされ、解体作業は羽田空港の格納庫で「極秘」に進められた。
■解体後の窓や座席はホテルの客室に
高倉社長は、「混乱を避けるために、航空マニアの皆さんにも見つかってはいけなかった」と明かす。
しかし、「インターネットなどで(解体した機体である)トリプルセブン(ボーイング777)の登録が突然抹消されたといううわさが流れた。
ヒヤヒヤしたよ」と苦笑する。
2機目の解体着手前の2022年11月に初めて解体の情報が公表され、豊富産業グループが請け負ったことが明らかになった。
2機目は22年の年末に作業を終えた。
機体の電子機器やエンジンなどは日航が取り外し、中古部品として売却。
取り除いた窓や座席は千葉県内のホテルに納品して「飛行機廃材を使った客室」として売り出した。
座席の生地やライフベストはポーチなどにして一般販売した。
リサイクル率は96%に上り、残る4%は断熱材や炭素繊維と一体となった特殊なプラスチックなどだという。
■幻となった構想も
高倉社長は、こんな秘話も明かした。
「(解体を)能登空港(石川県輪島市)でやるということで、実はずっと動いていた」。
運航便数が少ないことに加え、輪島市の能登空港キャンパスに高校と大学校を持つ日本航空学園があり、条件が整っていたためだ。
この構想は結局、実らなかった。
断念したのは「いろいろと早過ぎた」とし、「県庁などの関係者には申し訳ないと思っている」と声を落とした。
解体は、部品ごとの再利用がビジネスとして成り立つかどうかが重要で、「きれいに取り除くだけではダメで売り先をきちんと確保しないといけない。大きなマーケットのあるアジアに拠点を置かないとビジネスが成り立たないことが分かってきた」と説明する。
一方で、航空機の解体ビジネスの手応えは実感している。
展望について「アジアで航空機需要が広がって退役が増える10年後くらいに面白いビジネスになる」と見込む。
課題は実績づくりだ。
「部品販売の資格を持つ企業の合併・買収(M&A)を選択肢に入れながら、アメリカなどで実績を作りたい。
フィリピンやインドネシアなどアジア圏に拠点を作ってやれたら面白い。
今は5年後くらいに向けた準備はできている」
■資源価格高騰でも活路を探る
「上場企業は順調に利益を伸ばしているが、都市と地方の格差は広がるばかりだ」。
記録的な円安を背景とした燃料高や資材価格の高騰などによる厳しい環境は、豊富産業グループも変わりがない。
だが、活路を探って工夫を凝らしている。
もっと節電できるやり方はないかー。
今年6月、豊富産業のオフィス会議室で、高倉社長は社員らとともに、増える経費の抑制策を話し合った。
その結果、24時間の生産体制へ回帰する検討を開始。
夜間に稼働すれば、深夜残業で人件費は5割増となるが、電気料金の割引分のメリットが大きいためだ。
従業員側の身入りが増えるメリットがあるとの声も出た。
夜間労働を減らす時代には逆行するが、背に腹は代えられないという。
中古バスの販売も本格的に始めた。
新型コロナウイルス禍で経営が苦しくなった中小・零細のバス会社から大量に買い取り、「自社の広い土地に1~2年置いていた」車両だ。
「新車は注文してから2年くらいかかる」とされ、ネットでも販売して北海道から沖縄県まで買い手がいるという。
能登半島地震後には被災地の一般家庭から大量に出る家電を回収し、リサイクルする活動にも真剣に取り組んでいる。
「地方の中小企業は誰もやったことがないことに挑戦しないと生き残れない。少なくとも希望を持って将来に向けての種まきに取り組んでいる」。
そう訴える高倉社長の目は真剣だった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8be09ab0c3c90ed3347fad168dfadb0b309a5285


















その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。