2021年3月29日6時1分にYAHOOニュース(DIAMOND online)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。
2019年に起きた京急線の踏切事故の背景にある本社と現場の分断の実態について、前回の記事『「京急踏切事故」の裏にある、元乗務員たちが語る驚きの問題とは』で書いた。
だが、京急の問題はそれだけではない。
今回は、乗務員の過酷な労働環境と相次ぐ退職者の問題について取り上げる。
(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)
【他社への流出が相次ぎ 乗務員は1割が欠員】
京浜急行電鉄は、駅の信号や線路の切り替え作業などの運行管理を手作業で行う「人間優位の企業文化」を持つことで知られる。
多くの鉄道事業者がコンピューターで制御している中、京急が手作業にこだわるのは、10年以上の運転経験を持つ経験豊富なベテラン社員がトラブル時に臨機応変に対応するためだ。
この結果、国土交通省が2020年2月に発表した東京圏の鉄道路線の遅延「見える化」でも、1カ月(平日20日間)の遅延証明書発行枚数が5.7枚(2018年度)と、対象45路線の平均値11.7枚(同)を大きく下回るなど、遅延や運転見合わせの発生回数が少ないことで注目を集めてきた。
しかし、人間の判断にも限界がある。
神奈川新町駅第1踏切の事故以前、京急では踏切の支障を知らせる特殊信号発光機の停止現示があった場合、運転士は「速やかに停止するもの」とのみ定められており、常用ブレーキまたは非常ブレーキの使い分けについては、速度・距離など状況を考慮して運転士の判断に委ねるとされていた。
踏切の直前横断などで特殊信号発光機が動作した場合でも、ダイヤを極力乱さないよう、「臨機応変」に対応するための規定であったと考えられるが、国土交通省運輸安全委員会の事故調査報告書は、運転士の非常ブレーキ使用を遅らせる要因のひとつになった可能性があると指摘している。
このように、良くも悪くも「人」によって支えられている京急の運行は今、曲がり角を迎えている。
乗務員を中心に退職者が続出し、640人(運転士、車掌がそれぞれ320人)の乗務員中、1割近くが欠員となっており、しかも退職者はJR東日本や都営地下鉄など同業他社へ流出しているというのだ。
人間優位の企業文化は、人間を大切にすることで初めて成立するはずだが、京急の内部で一体、何が起こっているのだろうか。
【13日連続勤務を 強いられる労働環境】
「個人を駒ではなく人間として扱ってください」
「現場の声をないがしろにしてきた結果が今の状態にあると
思います」
「顧客満足度は上位かもしれませんが、従業員満足度は最低
です」――。
これらは、労働組合のアンケートに寄せられた社員の声である。
京急社員の置かれた状況を端的に表すのなら、「重労働」と「低賃金」だ。
そして、京急乗務員の重労働を象徴する言葉として、しばしばネット上で語られるのが「13連勤」というキーワードである。
なぜ、13連勤という過酷な勤務が生じるのか。
そもそも京急の乗務員は完全週休2日制ではなく、2~3週に1度は週6日の勤務が入ることになっているが、これに加えて欠員の穴を埋めるために休日出勤を余儀なくされる。
そして残った休日も、欠員対応や有給休暇を取得する乗務員の代番として出勤すれば、13連勤の完成というわけだ。
一方で、13連勤が成り立ってしまう背景には、低賃金の問題がある。
基本給だけでは生活ができないため、若手を中心に望んで休日出勤をする人たちがいるからだ。
もちろん、彼らとて労働環境に疑問がないわけではないだろう。
しかし、生活のために無理をしてでも勤務に入らねばならないのである。
取材をした20代の元車掌に当時の給与明細を見せてもらった。
1カ月(31日)のうち23日勤務(休日8日)で手取り14万円。13連勤を含む1カ月(30日)のうち27日勤務(休日3日)で、手取り20万をようやく超える程度であった。
京急退職者は皆、「休みは少ないが高給か、休みを多くとれるが薄給か、どちらかなら分かるが、京急は薄給で休みが少なく、激務だ」と語るが、確かに、これでは働き続けることはできないだろう。
輸送の安全を担う鉄道職員が、これほどの低賃金、重労働というのは健全な状態とはいえない。
【真の運転士を求める 精神主義の危うさ】
過酷なのは勤務の中身も同様だ。
休憩時間は折り返しの合間のわずかな時間が中心で、勤務によっては食事の時間を確保することもできないという。
また1分15秒以上の遅延や急病人救護などが発生すれば遅延報告書や乗務報告書の作成が求められ、こうした作業で休憩時間が削られていく。
業務資料の作成や研修の一部はサービス残業扱いで、給与が発生しない。
乗務員は疲弊していくばかりだ。
次世代の現場の中心を担うべき若手社員が次々と流出すれば、これまで京急の強みとされてきたマンパワーすらも、いずれ機能不全に陥る可能性が高い。
現場からは列車を減便し、仕業を削減してはどうかとの声も上がったというが、本社はかたくなに列車本数の維持にこだわり、労働環境の改善には至っていない。
京急が理想とする乗務員の姿とは何なのか。
元車掌のA氏から興味深い話を聞くことができた。
以前、京急のある運転課長は、運転士見習いを前に、電車の運転士ではなく「京急の運転士になってほしい」と語ったという。
どういうことか。
運転課長は、たまたま見かけた京浜東北線の運転士が「よそ見する、手放しする」などひどい勤務態度だったとして、彼らは「運転士ではなくて、ただ乗っているだけの人」。
だからJR東日本は「お金をかけて勝手に電車が止まるようにしたり、ホームから人が落ちないように柵を付けたりしている」と言うのだ。
そして、そうではない京急の運転士こそが真の運転士であるとして、運転士の卵たちに奮起を迫るのである。
なるほど、確かに機械のバックアップに甘えて、基本動作がおろそかになるのは問題かもしれない。
しかし、この人間優位の捉え方には根本的な誤りがある。
人間優位とは、人間にしかできない、あるいは人間の方が優れた点を尊重する思想であって、機械のバックアップを不要とする考え方ではない。
機械に頼らず、人間の手で仕事をしているから優れているというのは、ただの精神主義である。
2019年の踏切事故後に始めた取材で話を聞いた現職・元職の京急社員の数は10人近くに上る。
彼らが口をそろえて言うのは、声を上げたくても何もできなかったという無力感だ。
しかし、彼らは同時にこう言う。
「辞めていった人たちがようやく会社も変わったなと思えるように、残った元同僚の待遇が少しでも良くなるようにという思いで証言している」のだと。
彼らを追い詰めていたのは私たちである。
京急は熱心なファンが多くいることで知られ、顧客満足度調査でも上位に位置している。
その陰でガバナンスの欠如や労働問題は見過ごされてきた。
筆者も鉄道業界にいた身として、京急のサービスには学ぶべき点が多々あると考えてきたが、その裏側で従業員がどのように働いているか、全く考えたことはなかったことを告白する。
そして、その上で問いたい。
京急は変わることができるだろうか。
https://news.yahoo.co.jp/articles/020013801363a3aaa564f016beafc730c336ce03
(ブログ者コメント)
京急の踏切事故と、それに対する枝久保氏の見解は、本ブログ掲載スミ。
その関連情報として紹介する。
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。