(1/2から続く)
【3.11で気づいたプロフェッショナルたちの仕事】
Q:
ところで、先生が最初にレジリエンスエンジニアリングと出会ったとき、どんな印象を持たれたのですか?
芳賀:
初めて聞いたときは、従来のヒューマンファクターズの考えとあまりに違うので戸惑いました。
Q:
そうでしょうね。
ずっと「失敗ゼロ」を目指してきたわけですから(笑)。
芳賀:
これまで、エラーは結果であり、システムの設計を改善することで人のエラーを減らし、人がエラーをしても事故が起きないシステムを作るべきだと言い続けてきました。
それなのに、人の柔軟性がシステムを守っている、システムの機能を維持するためには人や組織の力を付けなければならないなんて、古い考えのように思えたんです。
「しなやかな現場力」などという言葉を当時の私が聞いたら、「そんな精神論ではダメです」と一喝したでしょう。
Q:
何か転機になる出来事があったのでしょうか?
芳賀:
じつは、2011年3月11日に東日本大震災を経験して考えが変わりました。
私は東京の池袋で地震に遭遇し、おなじ池袋にある勤め先の大学に戻って一夜を明かしたあと、電車が動き始めるのを待って駅に向かいました。
運転本数が極めて少なかったので、大変な混雑だったし時間もかかりましたが、迂回ルートを経由してとにかく帰宅し、家族の無事を確認することができました。
その後も、東京では計画停電があったり、福島原発の状況も不安定だったりして大変な状況でしたが、首都圏の鉄道は運転本数を減らして走り続けていました。
あとで聞いた話ですが、担当者は毎日の列車ダイヤを編成する作業で、徹夜続きだったそうです。
震災から数日間、あるいは数週間、あるいは数ヶ月間、日本の様々な会社や役所で、その道のプロフェッショナルたちが、彼らが担っているシステムの機能を回復させようと、あるいは可能な限り高い水準で維持しようと努力していたのです。
Q:
余震も頻繁でした。また何が起こるかわからない不安が続くなか、たしかに首都圏のインフラやライフラインは保たれていたように思います。
芳賀:
そうです。それに気づいた私は、エラーを防ぐこと、失敗から学ぶことばかり強調していたことを反省しました。
電車を走らせなければ事故は起きません。
地震の翌朝に無理をして電車を走らせなくてもよかったのです。
駅は人であふれていて、電車を走らせると人身事故が起きるかも知れない。
線路か路盤のどこかが痛んでいるかも知れない。
強い余震が来るかも知れない。
つまり「安全」だけを考えれば、復旧はもっと遅くてもよかったのです。
それでも鉄道会社の社員たちは、一刻も早く都心に残った人たちを帰宅させようと頑張ってくれました。
そして、もちろん鉄道だけでなく、同じように頑張った人たちは、空港、道路、海運、警察、病院、薬局、福祉施設、工場、店舗、役所、学校など、ありとあらゆる業種に存在したのです。
レジリエンスエンジニアリングは、このようなプロフェッショナルの誇りとやりがいを支え、想定内でも想定外でも変化する状況に対応してシステムの機能を高い水準に維持するのに貢献する、新しいマネジメントのパラダイムだと確信しました。
以来、レジリエンスエンジニアリングの研究と、企業や学会での紹介に取り組んできたのです。
【コロナ禍に求められる「しなやかな現場力」】
Q:
新型コロナウイルスの脅威が続いています。
一方で「自粛」「延期」「回避」等が長引くほど、実生活や社会経済が立ち行かなくなるというアンビバレントな問題に直面しています。
コロナ禍の現在こそ、まさにレジリエンスエンジニアリングの発想が求められているのではないでしょうか。
芳賀:
感染対策のため、今までとは全く違った仕事のやり方、働き方が突然あらゆるところで必要になりました。
緊急事態宣言の解除後、あるニュース番組を見ていたら、「早くガイドラインを決めてくれないと店を開けられない」と取材に答えている方がいました。
一方では自分で対策を考え、政府や自治体のガイドラインを待たずに店を開けた方もたくさんいました。
Q:
政府や自治体の対応自体も、遅々として一律には進みませんでしたね。
芳賀:
1人10万円の特別定額給付金を私がやっと受け取ったのも、7月中旬でした。
でも北海道東川町は、国会での補正予算成立を待たず、早くも4月30日午前に、申請のあった一部町民に対し金融機関を通じて10万円の先払いを実施しました。
後日、国の特別定額給付金を充てる形で町が本人に代わって返済したのだそうです。
人口の多い町では手続きに時間がかかっているところが多いのですが、人口74万人の練馬区では、6月末までに85パーセントが支給されたそうです。
先手先手を打って準備を進め、担当職員を柔軟に配置して対応したのが功を奏したらしいのです。
Q:
先生が「あとがき」で挙げられていた「人知れず任務に励む人たち」という言葉を思い出します。
一人ひとりが発揮するプロフェッショナリズムこそが、仕事に対する責任と誇りを生み、実社会を支えていくのですね。
芳賀:
一つの会社の中でも、あらゆる部門で新しい方法を模索しなくてはならないとき、いちいち会議を開き、部長や社長がそれを決裁して、などとしていたらキリがない。
求められるのは、現場第一線、それは個人であったり、作業グループであったり、一つの課や部だったり、支店だったりするのでしょうが、そういう末端組織で、できること、やるべきことを考えて実行していく――これからの社会には、まさに本書で述べた「しなやかな現場力」が必要なのです。
本書の最後(第7章)に、現場第一のレジリエンスを高める教育・研修・経営施策の実践を紹介しています。
ぜひ、ご覧下さい。
▼芳賀繁『失敗ゼロからの脱却 レジリエンスエンジニアリングのすすめ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ) https://www.kadokawa.co.jp/product/321811001066/ [文]カドブン KADOKAWA カドブン 2020年7月22日 掲載
https://news.yahoo.co.jp/articles/76168864bcb0b02a9e09def07967a086478977e7
(ブログ者コメント)
昔、安全セミナーで話を聞いたことのある芳賀氏。
その芳賀氏が見事に宗旨替え?したということで、興味深く読ませてもらった。
皆さまにもご参考まで。
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。