2015年9月27日6時30分に日本経済新聞電子版から、『VWディーゼル排ガス事件が開けた「パンドラの箱」』というタイトルで オートインサイト代表の鶴原吉郎氏の見解記事が、下記趣旨でネット配信されていた。
どう考えても腑に落ちない。
独フォルクスワーゲン(VW)が、米国内で販売していたディーゼル乗用車で、排ガスに関する試験をクリアするために、違法なソフトウエアを使っていたとされる事件のことだ。
違法なソフトウエアを搭載していたとされているのは、VWが米国で販売した2009~2015年型の「ゴルフ」「ジェッタ」「ビートル」と2014~2015年型の「パサート」、そして傘下の独アウディが販売した2009~2015年型の「A3」のディーゼル仕様車の、合計約48万2000台だ。
米環境保護局(EPA)の発表によれば、これらの車種に搭載されているエンジンECU(電子制御ユニット)のソフトウエアには、“スイッチ”(EPAの呼び方)が組み込まれており、このスイッチが「ステアリングの位置」「車速」「吸気圧」などからEPAの排ガス試験中であることを検知すると、ECUが「試験用」の制御ソフトウエアを走らせて、排ガスに含まれる有害物質のレベルを基準値以下に抑える。
逆に、試験中ではないとスイッチが検知すると、ECUは「走行用」の制御ソフトウエアを走らせて、排ガス浄化装置、特にNOⅹ(窒素酸化物)の選択還元触媒(SCR)や、NOⅹ吸蔵還元触媒(LNT)の働きを弱める。
結果として、排ガスに含まれるNOⅹの量は、走行状況によって、EPAの基準値の10~40倍に達するという。
EPAの「大気浄化法(CAA)」では、通常走行時に、排ガスの浄化装置の働きを弱める「ディフィート・デバイス(無効化装置)」の搭載を禁止しており、この“スイッチ”の搭載は、法律違反だというのだ。
今回の事件で、VWが払う制裁金は約2兆円に達するとの観測もある。
筆者が「腑に落ちない」と思ったのは、VWがなぜ、これほどのリスクを犯してまで、こんな違法ソフトを搭載したのか、ということだ。
もともと、VWにとって、米国での販売台数は多くない。
同社の2015年1月~8月の米国市場での販売台数は約40万5000台で、シェアは3.5%。
このシェアは、企業規模の大きく異なる富士重工業の3.2%と同程度にすぎない。
制裁金の対象となるディーゼル乗用車の台数が、2009年から2015年までの6年間でたった48万2000台、1年あたりわずか8万台程度と聞いて、その少なさに一瞬、一桁違うのではないかと思ったほどだ。
確かに、2007年に現在のマルティン・ヴィンターコーンCEO(最高経営責任者)が就任して以来、米国市場での販売台数の拡大は、VWにとって重要命題の1つだった。
2011年5月には、1988年に米国現地生産から撤退して以来、23年ぶりとなる米国工場を稼働させ、米国専用モデルの「パサート」の生産を開始するなど、並々ならぬ努力を払ってきた。
今回、EPAから違法ソフトを搭載していると指摘を受けたジェッタのディーゼル仕様である「ジェッタTDI」は、燃費が良くパワフルなディーゼルを米国市場開拓の尖兵としたいという、VWの戦略を担うモデルだった。
実際、その狙いは当たり、ジェッタTDIは好調な販売を示した。
ジェッタTDIが米国市場に投入された2008年は、米国でトヨタ自動車の「プリウス」が、環境意識の高さを示すための“アイコン”としてハリウッドスターの人気を集めていた時期でもある。
当時、ハイブリッド車を持たなかったVWが、クリーンディーゼルを、それに代わるアイコンとして訴求しようとしたとしても、不思議はない。
このように、2008年当時、VWが米国市場で販売を伸ばすために、先行他社にない「武器」を必要としていたことは理解できる。
それでも、これほどのリスクを犯すことの動機として不足なように、筆者には感じられる。
事の真相は、今後の調査を待つしかないが、筆者が疑っているのは、今回のエンジンの開発者たちが、自分たちがそれほどのリスクを犯しているという自覚を持っていなかったのではないかということだ。
2014年11月、環境問題に取り組む非営利団体のICCTは、「REAL-WORLD EXHAUST EMISSIONS FROM MODERN DIESEL CARS」と題するレポートを発表した。
このレポートは、完成車メーカー6社15車種のディーゼル乗用車にポータブルタイプの排ガス試験装置を搭載し、実際の道路上を走行させて有害物質の排出量を測定したもの。
驚いたことに、欧州の最新の排ガス基準である「ユーロ6」のNOⅹ排出基準を満たしていたのは15車種中わずか1車種で、他の車種はすべて、ユーロ6どころか、その前の基準である「ユーロ5」の基準値すら超えていたのである。
そのうちの2車種は、ユーロ6の基準値の20倍以上を排出していた。
実は、今回のVWの事件に限らず、実走行時の排ガスに含まれる有害物質が排ガス基準値を超えているというのは、自動車関係者にとっては半ば「常識」である。
排ガスに含まれる有害物質が基準値に収まっているかどうかを試験するモードには、例えば、坂道は含まれていないし、日本の測定基準でいえば、時速80km以上の速度領域も含まれていない。
また、2名乗車時を想定して測定しているので、それ以上の人員が乗れば、エンジンにはそれだけ負担がかかる。
試験時の測定モードは、加速度なども決まっているが、実走行時には、それ以上にアクセルを踏み込むことも当然あり得る。
これらは皆、排ガス中の有害物質を増加させる方向に働く。
こうした“リアルワールド”での排ガスの実態は、これまであまり光の当てられることのなかった「闇」の部分だったといえるかもしれない。
排ガス測定試験の条件に外れた領域での有害物質の排出状況がどうなっているのかについては、ある意味、メーカーの良識に任されている部分がある。
例えば日本でも、いすゞ自動車のディーゼルトラックで、ディーゼルトラックの排ガス測定モードである「JE05モード」での走行では、特にNOⅹ排出量に異常が見られなかったにもかかわらず、時速60kmの定常走行で、測定開始240秒後にNOⅹ排出濃度が約4倍に上昇。
さらに、JE05モードの規定よりも急加速した場合にNOⅹ排出量が急増し、その後、定速走行に移ってもNOⅹの排出量が高いまま下がらない、というような現象が、東京都の試験で発覚した。
その後、日本でも、自動車工業会がディフィート・デバイスを禁止するガイドラインを設定するなど、対応に追われたことがある。
米国の大気浄化法でも、ディフィート・デバイスの搭載は禁止されているが、エンジン保護のため、あるいはエンジンスタートに必要な場合を除く、という規程がある。
米国の軽油は、燃料に含まれる硫黄の量の基準が、日欧の10ppmに対して15ppm以下と、やや緩い。
硫黄分は、触媒に悪影響を与えるため、少ないほど望ましい。
VWが、EPAが主張するように、排ガスの測定条件以外の実走行時に排ガス浄化装置の働きを弱めるような制御を導入していたのは、触媒保護という意味合いがあったのかもしれないし、あるいはそう言い逃れできると踏んだのかもしれない。
VWの事件は、他の完成車メーカーにとっても、決して他人ごとではない。
先ほど触れたように、市販されているほとんどのディーゼル乗用車は、基準値以上のNOⅹを排出しており、このことは、多くのメーカーが「この程度なら許容されるだろう」と考えていることを示している。
VWのエンジニアも恐らく、先に触れたような理由で、この程度の基準値からの逸脱は、許容範囲と考えていたのではないか。
そうでなければ、VWにとって小さな市場で、これほどの危険を犯した説明がつかない。
今回の事件が起こる前から、リアルワールドでの排出量と、実験室の中の測定値の違いは問題になっており、実際の公道上で排ガスレベルを計測すべきだという議論が、特に欧州で高まっている。
VWの事件は、こうしたリアルワールドでの排ガス測定の導入を、さらに加速することになるだろう。
出典URL
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO92073250V20C15A9000000/
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