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                                                       本ブログでは、産業現場などで最近起きた事故、過去に起きた事故のフォロー報道などの情報を提供しています。  それは、そういった情報が皆さんの職場の安全を考える上でのヒントにでもなればと考えているからであり、また、明日は我が身と気を引き締めることで事故防止が図れるかもしれない・・・・そのように思っているからです。  本ブログは、都度の閲覧以外、ラフな事例データーベースとして使っていただくことも可能です。        一方、安全担当者は環境も担当していることが多いと思いますので、あわせて環境問題に関する情報も提供するようにしています。       (旧タイトル;産業安全と事故防止について考える)
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20223960分にYAHOOニュース(CHANTO WEB)から、下記趣旨の記事がネット配信されていた。

11年前の東日本大震災で大きな被害を受けた福島県浪江町。

海からほど近い場所にあり、多くの津波による犠牲者が生まれた請戸地区にある小学校が、昨年秋から震災遺構として公開が始まりました。

津波が到達した校舎は、柱などを残して、ほとんどが津波で押し流されましたが、当時校内にいた児童と教職員は全員が避難して無事でした。

あのとき何が起きて、どんな行動が全員の命を救ったのか…。

当時を振り返りながら考えます。

 

【絵本「請戸小学校物語」はこうして生まれた】

・・・

 

【先頭に立って避難した先生が語る 請戸小で起きていた
  数々の奇跡】

あの日、全員が助かった背景には何があったのか…。

絵本「請戸小学校物語 大平山をこえて」とともに、振り返ります。

当時、校内には、帰宅していた1年生をのぞく2年生から6年生までの児童82人と、教職員13人のあわせて95人がいました。

3年生の担任をしていた武内さんは5校時目の授業を終えて、帰りの会を始めようとした矢先に、今まで経験したことのない大きな揺れを感じたと話します。

「地震だ、と思っていたら、だんだん揺れが大きくなってきました。
避難訓練もしていたので、子どもたちは自主的に机の下に隠れました。
私は、揺れが収まったら外に避難しようと思っていました。
そのあとは、まず全学年が校庭に避難しました。
3
年生の教室は1階の東側でしたので、すぐに校庭に出ることができました。
校舎から一番遠い西側へ向かって、校庭を端から端まで走りました」

武内さんや児童が校庭で待機している間に、校長などがいったん校舎へ戻ったといいます。

「管理職の先生が、職員室にあるテレビで大津波警報が出たことを知りました。
校舎は地震の影響で停電していたのですが、少し前にソーラーパネルがたまたま設置されていたことで、奇跡的にテレビの電源が生きていて情報を得ることができたそうです。
津波は7メートルだという報道がありました。
本来、校庭の次の2次避難先は2階の西側の音楽室でした。
ただ、学校が海から近く津波の高さもあると知り、音楽室では津波が到達してしまうのではないかという判断があり、大平山に避難するよう指示がありました。
請戸小学校は屋根が三角形で、屋上がないんです。
屋上への避難ができないので、3次避難場所は大平山というのが元から決まっていました」

 

【「6年生が泣いてしまった子の手を引いていた」一丸となり走って避難した大平山】

請戸小学校から西におよそ2キロのところにある大平山への避難は、教職員の中で一番若く、保健体育が専門の武内先生が途中から先頭を走りました。

「はじめは6年生から順番に一列になって避難を始めました。
私も後ろを振り返りながら走っていたのですが、足が速い子が前に来て、走るのが苦手な子は先頭との差が開いてきてしまって。
6
年生が面倒を見て、低学年の子の手を引いてくれました。
泣いてしまっていた子もいたのですが、その子の横について一緒に走ってくれている子どももいました。
避難している最中にも余震がかなりありまして、道路と縁石の間が地割れしていたんです。
今まで見たことがない現象が起きていて、恐怖を感じて泣いてしまったんだと思います。
子どもたちは着の身着のまま、足元は上履きでした。
その日、日中はとても天気が良かったんですが、地震のあとに天気が急変して、途中で雪も降ってきました。
この辺りは雪が多い地域ではないので驚きました。
寒かったのですが、上着もありませんでした」

山を登ろうとしていたとき、ある男子児童が武内さんに声を掛けにきたといいます。

4年生で野球のスポ少に入っていた子が、山のだいぶ手前のところで『先生、ここから山に入れるよ、練習で来たことがある』と言ったんです。
私はその道を知らなかったので、『本当に入れるのか』と聞いたら『入れる』というんで、そこから登って行きました。
その子の担任をしたことはなかったのですが、学年の垣根がなく、私もどういう子がよく知っていたので、彼を信じて、すぐに受け入れました」

本来の避難ルートは、山の外側を回る形で頂上を目指すものでしたが、武内さんは男子児童から聞いた道を通ることで1015分ほど、避難場所に到着するまでの時間を短縮できたといいます。

「山のちょうど真ん中あたりを登っているときに、ゴーっという音が聞こえてきました。
木々の茂みで町の様子は見えなかったので、その時の音が津波の音だとわかったのは、のちに町の様子を確認しに行ったときでした。
後々考えると、本来のルートで登っていたら、私たち先頭は大丈夫だったかもしれないけれど、もしかしたら後ろの子たちや、私たちの列に続いて地元の方も来ていたので、間に合わなかった人も出てきてしまったのではないかと思います。
避難場所に到着して、子どもたちの人数確認ができてから、私ともう一人の先生で町の様子を伺うために来た道を戻ったのですが、山のふもとのところまで津波の水が来ていました。
町は一部の屋根しか見えない状態で、一面が海になっているかのようでした。
このとき、もうここには戻れないと思いました。
でも子どもたちには、まだ、この事実を伝えずにいました」

 

【大型トラックの荷台に乗って町の避難所を目指す】

武内さんたちが町の様子を見に行ったのと同時に、別の教職員や一緒に避難していた地元の方が、さらに遠くへと避難すべく、国道6号線が通っている山の反対側へ抜ける道を探し出しました。

その後、全員で大平山を降りて避難を続けたそうです。

「国道6号線に出たところで、避難誘導をしていた役場の方と出会いました。
このとき、子どもたちを避難させるために、町のバスが私たちのところに向かっていたそうなんですが、連絡を取れる手段が何もなくて。
後から聞いたのですが、バスは大平山の当初の避難場所に行っていたそうで、入れ違いになっていました。
ここからどうしようと思っていた矢先に一台、大きなトラックが止まってくれました。
大きな荷台がついていて、運転手の方が乗せてくれると言ったんです。
荷台には荷物もなくて、私たち教員と児童に加えて地元の方数名の100人程度をいっぺんに乗せて役場へと連れて行ってくれました」

 

【地震、津波、原子力発電所の事故…バラバラになった子どもたち】

・・・

 

【震災から半年後の請戸小学校の姿】

・・・

 

【力を合わせたら救える命がある】

・・・

取材・文/内橋明日香 絵本「請戸小学校物語」/NPO法人「団塊のノーブレス・オブリージュ」提供

https://news.yahoo.co.jp/articles/edce6130be3a016a8b9623f0f8feb3b9aaf869ce?page=1

 

 

 

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化学関係の工場で約20年、安全基準の制定、安全活動の推進、事故原因の究明と再発防止策立案などを担当しました。
その間、ずっと奥歯に挟まっていたのは、他社の事故情報がほとんど耳に入ってこなかったことです。
そこで退職を機に、有り余る時間を有効に使うべく、全国各地でどのような事故が起きているか本ブログで情報提供することにしました。
また同時に、安全に関する最近の情報なども提供することにしました。

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